箱館通宝

箱館通宝：幕末蝦夷地を舞台にした地方貨幣の物語

箱館通宝は、江戸時代後期、現在の北海道函館市周辺で流通した地方貨幣です。安政3年（1856年）、蝦夷地松前管内のみで通用するという条件付きで発行されました。この鉄銭は、幕府の公式通貨ではなく、地域経済の特殊事情から生まれた、いわば「地方自治体通貨」と言えるでしょう。

箱館通宝の特徴

箱館通宝は、直径約2.5cmほどの円形に円形の穴が開いた、いわゆる「円孔銭」です。重さは約3～3.7グラムと、当時の一般的な銭貨よりもやや重めでした。材質は鉄で、表面には「箱館通宝」と鋳刻され、裏面には「安」（安政の安）の文字が刻まれています。一般的な銅銭ではなく鉄銭であったことが、この貨幣の大きな特徴と言えるでしょう。

興味深いのは、この鉄銭の鋳造に使われた鋳型（母銭）です。母銭は銅製であり、中には珍しい八角形の試作貨幣も存在しています。これらは、現在では非常に希少価値の高いコレクターズアイテムとなっています。

発行の背景：交易と経済の要請

箱館通宝の発行には、当時の蝦夷地の政治・経済状況が深く関わっています。蝦夷地は、長らく松前藩の支配下でしたが、文化4年（1807年）に幕府直轄地となり、寛永通宝が流通するようになりました。その後、文政4年（1821年）に松前藩領に戻ると、鉄銭の使用が禁止され、アイヌとの交易に混乱が生じました。アイヌの人々は、貨幣による交易を強く求めていたのです。

安政元年（1854年）、日米和親条約により箱館港が開港。翌年には再び幕府直轄地となり、箱館奉行が置かれました。活発化する交易を円滑に進めるため、箱館奉行は幕府に鉄銭鋳造を願い出、安政4年（1857年）に許可を得ます。これが、箱館通宝発行の直接的なきっかけでした。

鋳造と流通

盛岡藩から招かれた熟練の鋳銭職人が、函館市内の銭座で箱館通宝を鋳造しました。安政5年11月までに、なんと1億枚（100,650貫文）もの通宝が鋳造されたと記録されています。この莫大な数量からも、当時の経済活動の活況が伺えます。

流通を円滑にするため、箱館、福山、江差の三か所に両替商が設置され、金貨との交換レートが設定されました。しかし、その後、天保通宝や文久永宝などの銅銭が流入すると、鉄銭である箱館通宝は敬遠されるようになり、次第にその勢いを失っていきました。

箱館通宝が残した足跡

箱館通宝は、短期間の流通に終わったものの、幕末期の蝦夷地の経済を深く反映した貴重な歴史資料です。その発行の背景、鋳造方法、流通状況などを詳しく知ることで、当時の社会情勢や経済状況をより深く理解することができます。また、母銭などの遺物は、貨幣史研究においても重要な位置を占めています。鉄銭という素材、そして発行された背景も含め、箱館通宝は、単なる貨幣という枠を超えた、歴史と文化を伝える貴重な存在と言えるでしょう。

参考文献

『新訂 貨幣手帳・日本コインの歴史と収集ガイド』 ボナンザ、1982年
『日本の貨幣の歴史』 滝沢武雄、吉川弘文館、1996年
* 『日本史小百科「貨幣」』 瀧澤武雄，西脇康、東京堂出版、1999年

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