文久永宝

文久永宝（ぶんきゅうえいほう）

文久永宝は、幕末期に流通した日本の銭貨であり、その歴史的背景や特徴的なデザインから、当時の社会経済状況を考察する上で重要な資料とされています。円形の形状で中央に正方形の穴が開けられており、表面には「文 久 永 寳（宝）」の文字が上下右左の順に刻印されています。裏面には、寛永通宝真鍮四文銭に見られるような波形模様が施されているのが特徴です。地方貨幣を除けば、文久永宝は日本で最後に鋳造された銭貨として知られています。

概要

文久永宝には、表面の文字に3つのバリエーションが存在します。これらはそれぞれ異なる人物によって書かれたもので、当時の幕府の権力構造を反映しています。

真文（しんぶん）: 「文」の字が楷書体で書かれたもので、若年寄（老中格）の小笠原長行の筆によるものです。
草文（そうぶん）: 「文」の字が草書体の「攵」となっているもので、老中の板倉勝静によって書かれました。
* 略宝（りゃくほう）または玉宝（ぎょくほう）: 「寳」の字が草書体で「宝」と表記されているもので、政事総裁職の松平慶永（松平春嶽）の筆によるものです。

文久永宝は銅製で、直径は約2.7センチメートル（0.9寸）、規定量目は約3.375グラム（9分）と、初期の寛永通宝よりも軽量です。鋳造は文久3年（1863年）から慶応3年（1867年）にかけて行われ、貨幣価値は4文として通用しました。

略史

文久永宝が発行される背景には、万延元年（1860年）から鋳造された寛永通宝精鉄四文銭の不評がありました。この鉄銭は鋳造コストが高く、四文銭を銅銭に復帰させる必要が生じました。しかし、銅の産出量不足から地金価格が高騰したため、量目を減じた銅四文銭として文久永宝が発行されることになりました。

文久永宝の鋳造は、銀座の監督下で江戸深川千田新田の銭座（真文）と、金座の監督下で浅草橋場の銭座（草文、略宝）で行われました。明治時代の分析によると、文久永宝の組成は銀0.060%、銅83.107%、鉛11.227%、錫3.217%、鉄0.269%、アンチモン0.489%、砒素1.500%、硫黄0.387%となっています。

安政年間から回収された寛永通宝一文銅銭の多くが文久永宝に改鋳され、総鋳造高は約8億9千万枚に達したとされています。発行当初は真鍮四文銭と同等に通用するとされましたが、実際には差別的な扱いを受け、慶応元年（1865年）には鉄一文銭に対する増歩通用（寛永通宝真鍮四文銭12文、文久永宝8文）が認められました。慶応3年（1867年）には自由相場制となり、鉄一文銭を基準に寛永通宝銅一文銭は10～12文、寛永通宝真鍮四文銭は20～24文、文久永宝は15～16文、天保通宝は80～96文で取引されました。

新貨条例制定後の旧銅貨の通用価値は、一両＝10000文という基準から、寛永通宝銅一文銭は1厘、寛永通宝真鍮四文銭は2厘、文久永宝は1.5厘、天保通宝は8厘と定められました。鉄銭は明治6年（1873年）に事実上の貨幣としての資格を失い、明治30年（1897年）に法的にも通用停止となりましたが、文久永宝は寛永通宝銅銭、真鍮銭とともに、昭和28年（1953年）まで法定通貨としての効力を持ち続けました。

文久永宝は基本的には銅合金製ですが、ごく一部に鉄製の彷鋳銭も存在します。明治以降の法定価値は1厘5毛とされましたが、地域によっては1厘として流通することもありました。寛永通宝鉄銭が通用停止となってからは、文久永宝が厘未満の端数を有する唯一の法定通貨となり、その当時は5毛の金額を直接現金で表す方法はありませんでした。

『明治財政史』によると、明治10年（1877年）から明治30年（1897年）にかけて、文久永宝は5銭銀貨、2銭銅貨、天保通宝とともに、流通不便貨幣として回収・鋳潰しの対象となりました。

試鋳貨幣

文久永宝の試鋳貨幣としては、裏面に「當百」や「當五十」と表記された大型のものや、小型の一文銭などが存在します。

参考文献

[参考文献リスト]

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