寛永通宝

寛永通宝：江戸時代の通貨と経済を彩る銅銭

寛永通宝は、江戸時代を通して日本全国で広く流通した銅銭です。寛永13年（1636年）に鋳造が始まり、幕末まで造幣が続けられました。その歴史は、江戸幕府の貨幣政策や経済情勢、さらには国際貿易まで深く関わるものであり、日本の経済史を理解する上で欠かせない存在です。

寛永通宝の特徴

寛永通宝は、円形で中心に四角い穴の開いた円形方孔銭です。表面には「寛永通寳」の文字が、上下左右の順に刻まれています。材質は主に銅ですが、鉄や真鍮製の寛永通宝も存在しました。裏面には波形や様々な文字が刻まれており、これらによって貨幣価値や鋳造地、製造時期などが判別できます。一般的に、裏面に波形が刻まれたものは4文、そうでないものは1文として通用しました。当時、96文をまとめて100文として扱う「短陌」という慣習もありました。

寛永通宝は、大きく分けて銅一文銭、鉄一文銭、真鍮四文銭、鉄四文銭の4種類に分類されます。高額な小判や丁銀は、一般庶民の日常生活ではほとんど使用されませんでしたが、寛永通宝は庶民の生活に密着した通貨として広く流通しました。一分判や小玉銀なども、銭屋と呼ばれる両替屋で寛永通宝に両替して使われていました。

発行の背景：幕府の貨幣統一政策

江戸幕府成立後、幕府は金座と銀座を設置し、金貨と銀貨の発行を通じて貨幣の統一を進めました。一方、銅銭については、慶長13年（1608年）に東国で流通していた永楽通宝の発行を停止し、翌年には金銀銅の公定相場を定めました。幕府は京都を中心に流通していた京銭（鐚銭）を標準銅貨としましたが、これは幕府の拠点である東国と、京都・大坂を中心とした上方との間の貨幣流通の相違を解消するための政策でした。

五街道の整備による交通網の発達や、徳川家康・秀忠父子の上洛、大坂の陣などの影響で、東海道筋の貨幣相場は不安定でした。このため、幕府は慶長から元和年間にかけて複数回の撰銭令を発令し、銅銭の流通を管理しようとしました。京銭は対外貿易でも使用され、オランダやポルトガルなどのヨーロッパの商船や日本の朱印船によって中国や東南アジアに輸出されていました。しかし、この大量輸出は深刻な国内の銅銭不足を招き、銭の相場を上昇させました。

寛永通宝の発行は、こうした背景の中で計画されました。寛永11年（1634年）には、徳川家光の上洛に合わせて京都に滞在していた細川忠利が、長崎奉行の榊原職直に新銭発行の検討に関する書状を送っている記録が残っています。幕府は寛永12年（1635年）に流通貨幣の全国調査を行い、諸大名にも報告を義務付けました。

寛永13年（1636年）5月5日、幕府は江戸で寛永通宝の発行を布告し、7日には京都・大坂にも通知されました。公式には旧銭と新銭の併用が認められていましたが、実際には旧銭の使用停止の方針が示され、特に私鋳銭を鋳造していた藩には動揺が広がりました。幕府は東海道筋の銭不足を解消するため、5月末までに幕府蔵の古銭を放出する措置を取りました。さらに、寛永14年（1637年）4月からは銅の輸出を禁止し、寛永通宝鋳造のための材料確保を図りました。

寛永通宝の種類と鋳造

寛永通宝は、鋳造時期や製法、材質によって様々な種類に分類されます。万治2年（1659年）までに鋳造されたものを古寛永、寛文8年（1668年）以降に鋳造されたものを新寛永と呼びます。古寛永と新寛永は、銭文の書体にも明らかな違いがあります。元文4年（1739年）ごろには鉄製1文銭、明和5年（1768年）には真鍮製4文銭、万延元年（1860年）ごろには鉄製4文銭が出現しました。

古寛永の鋳造は、幕府の江戸と近江坂本の銭座が中心でしたが、水戸藩、仙台藩など多くの藩も幕府の許可を得て鋳造を行っていました。寛永17年（1640年）には一旦銭座が停止されましたが、銭相場の上昇を受けて承応2年（1653年）、明暦2年（1656年）に再び鋳造が再開されました。新寛永（文銭）は、幕府の統制が強化された中で全国に普及し、他の渡来銭を駆逐しました。寛文8年（1668年）に江戸亀戸で発行されたものは、「大仏銭」とも呼ばれ、方広寺大仏の銅材が使用されたという伝承があります。

元禄以降は、品位の低下した金銀の発行により銭相場が高騰し、銅一文銭の量目を減らす必要が生じました。元禄11年（1698年）からは江戸亀戸、元禄13年（1700年）からは京都七条川原で鋳造が行われ、この時の銭貨は荻原銭と呼ばれています。宝永5年（1708年）には小型の四ツ宝銭が鋳造されました。正徳4年（1714年）には品位が向上した丸屋銭（耳白銭）が鋳造されました。元文年間には銭相場の上昇を受け、各地に銭座が設置され、小型の寛永通宝が大量に発行されました。

鉄一文銭は元文4年（1738年）から鋳造が始まり、明和年間には大量に生産されました。鉄銭は質が悪く不評でしたが、銅の供給不足などの状況から大量に流通しました。安政6年（1859年）の開港により銅銭の海外流出が問題となり、幕府は銅銭を回収し、鉄一文銭と交換する措置を取りました。真鍮四文銭は明和5年（1768年）に制定され、波銭（なみせん）と呼ばれ好評でした。万延元年（1861年）からは鉄四文銭も鋳造されました。

明治以降

明治維新後も、寛永通宝は補助貨幣として通用しました。銅銭と真鍮銭は、明治中期ごろまで実際に使用されていたと推定されています。特に、明治政府発行の1厘銅貨が不足していたため、寛永通宝が1厘単位の貨幣として重要な役割を果たしました。鉄銭は明治6年（1873年）に鋳潰してもよいとされ、事実上貨幣としての資格を失いました。昭和28年末の小額通貨整理により、寛永通宝は法的に通用停止となり、現在では収集家の対象となっています。ただし、一部地域では観光資源や地域通貨として活用されている例もあります。

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