羊角湾

羊角湾（ようかくわん）

熊本県天草市の南西部に位置する羊角湾は、雲仙天草国立公園内にあり、複雑に入り組んだリアス式海岸が特徴的な湾です。その名の由来は、湾の形状が羊の角に似ていることからきています。湾内は穏やかな内海で、真珠の養殖やチヌ（クロダイ）をはじめとする釣りの好適地として知られています。また、干潟には絶滅危惧種を含む多様な生物が生息しており、豊かな自然が残されています。

羊角湾の呼称の変遷

羊角湾という名称は、古くは中国人が湾内の大ケ瀬、小ケ瀬を「羊角嶼」と呼んだことに由来すると考えられています。しかし、羊角湾という名称が一般的に使われるようになったのは、比較的最近のことです。

1823年（文政6年）: 「天草島鑑」に、中国人が大ケ瀬、小ケ瀬を「羊角嶼」と呼んでいたという記述が見られます。ただし、この時点では羊角湾という名称は使われていませんでした。
1935年（昭和10年）: 鉄道省の「日本案内記・九州編」に、初めて羊角湾の地名が見られます。これは、観光地としての認知が進んだことを示唆しています。
戦後: 国土地理院が「羊角湾」という名称を使用するようになり、現在に至っています。

一方、海軍水路部では、長らく「崎津湾」という名称が使われていました。これは、湾内の崎津地区が古くから重要な港であったことによります。

1878年（明治11年）～1933年（昭和8年）: 大日本海軍水路部が「崎津浦」「崎津湾」の名称を使用。
戦後: 海上保安庁が「崎津湾」の名称を継承し、一部地域では「浦内浦」との呼称も混在しています。

また、陸軍陸地測量部では「浦内浦」という名称が使用されていました。

1901年（明治34年）～1932年（昭和7年）: 大日本帝国陸軍陸地測量部が「浦内浦」の名称を使用。
* 戦後: 旧来の呼称は一部の専門図書や地元関係者の中で残っていましたが、現在はほとんど使用されていません。

このように、羊角湾は、歴史的な経緯の中で様々な名称で呼ばれてきました。現在では、国土地理院の「羊角湾」と、海上保安庁の「崎津湾」が主に使われています。

地理

羊角湾の面積は11.28平方キロメートル、最大水深は21メートルです。湾口は天草灘（東シナ海）に開いており、複雑に入り組んだリアス式海岸を形成しています。湾内には亀浦や早浦などの肢湾があり、その形状が羊の角のように見えることから、この名前が付けられました。湾内は穏やかな内海で、真珠の養殖が盛んです。また、チヌ（クロダイ）などの魚影が濃く、釣りスポットとしても人気があります。干潟には、絶滅危惧種の貝類や甲殻類、塩性湿地植物など80種以上が生息しており、貴重な生態系が育まれています。

キリスト教文化

天草は、16世紀後半にキリスト教が広まった地であり、羊角湾周辺にもその影響が色濃く残っています。湾奥の河浦地区には、天草コレジヨ（大学・学林）が建てられ、神学や哲学、語学などの教育が行われていました。また、グーテンベルク式印刷機によって『平家物語』や『伊曾保物語』などの印刷物（天草本）が刊行され、天草はキリシタン文化の中心地となりました。

湾内の小さな漁村・崎津には、1934年（昭和9年）に建てられた崎津天主堂があります。禁教令が解かれた後に建てられた3代目の天主堂であり、鉄川与助の設計によって建てられました。ゴシック様式の美しい外観を持ち、内部は畳敷きという珍しい構造をしています。近くの丘にある「チャペルの鐘展望公園」からは、崎津地区や羊角湾、天草灘を一望できます。崎津天主堂や周辺の景観は、「重要文化的景観」、「日本の渚百選」、「かおり風景百選」、「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれています。

羊角湾干拓事業

1974年（昭和49年）には、南天草の耕地面積を増やすため、湾奥の早浦を閉め切って農地と淡水湖にする国営干拓事業が始まりました。しかし、漁業者との対立や農業情勢の変化によって入植希望者が減少し、未利用地や耕作放棄地が増加しました。さらに、自然環境保護への関心が高まったことから、1997年（平成9年）に干拓事業は廃止されました。現在でも、総延長433メートルの捨て石が残されており、干潮時にはその姿を見ることができます。

このように、羊角湾は豊かな自然と歴史、文化が共存する魅力的な場所です。美しい景観や歴史的な建造物、豊かな生態系など、様々な角度から楽しむことができます。

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