重要文化的景観

重要文化的景観とは

重要文化的景観は、日本の文化財保護法に基づき、特に重要な文化的景観を国が選定したものです。これは、単なる自然の風景ではなく、人々の生活や生業、そしてその土地の風土が一体となって形成された景観を指します。

文化的景観の定義

文化的景観は、2005年の文化財保護法改正で新たに文化財の一分野として加えられました。具体的には、「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」と定義されています。この定義が示すように、文化的景観は、単なる美しい風景ではなく、そこに人々の営みや歴史が刻まれた、生きた文化財と言えるでしょう。

選定の背景

近年、開発が進むにつれて、地域ごとの特色ある景観が失われることが懸念されています。そのため、棚田や里山など、その土地に根ざした人々の生活と密接に関わってきた景観を保護する必要性が高まりました。重要文化的景観の選定は、こうした背景から生まれた制度です。

選定基準

重要文化的景観として選定されるためには、以下の基準を満たす必要があります。

1. 地域における人々の生活や生業、そして風土によって形成された景観
農耕に関する景観（水田、畑など）
採草・放牧に関する景観（茅野、牧野など）
森林利用に関する景観（用材林、防災林など）
漁撈に関する景観（養殖いかだ、海苔ひびなど）
水利用に関する景観（ため池、水路、港など）
採掘・製造に関する景観（鉱山、採石場、工場群など）
流通・往来に関する景観（道、広場など）
居住に関する景観（垣根、屋敷林など）

2. 上記が複合した景観で、人々の生活や生業の特色を示すもの

これらの基準を満たす景観のうち、特に重要と認められるものが、重要文化的景観として選定されます。

選定の手続き

重要文化的景観は、都道府県または市町村からの申請に基づき、文化庁長官が選定します。申請を行う自治体は、事前に文化的景観保存計画を策定し、景観法や文化財保護法などの関連法規に基づく条例で保護措置を講じている必要があります。

重要文化的景観一覧

2024年10月現在、日本全国で73件の重要文化的景観が選定されています。

北海道・東北地方
アイヌの伝統と開拓による沙流川流域の文化的景観（北海道）
一関本寺の農村景観（岩手県）
遠野（岩手県）
最上川の流通・往来及び左沢町場の景観（山形県）
最上川上流域における長井の町場景観（山形県）
関東地方
大谷の奇岩群と採石産業の文化的景観（栃木県）
利根川・渡良瀬川合流域の水場景観（群馬県）
葛飾柴又の文化的景観（東京都）
中部地方
佐渡西三川の砂金山由来の農山村景観（新潟県）
佐渡相川の鉱山及び鉱山町の文化的景観（新潟県）
金沢の文化的景観 城下町の伝統と文化（石川県）
大沢・上大沢の間垣集落景観（石川県）
加賀海岸地域の海岸砂防林および集落の文化的景観（石川県）
越前海岸の水仙畑（福井県）
小菅の里及び小菅山の文化的景観（長野県）
姨捨の棚田（長野県）
長良川中流域における岐阜の文化的景観（岐阜県）
近畿地方
近江八幡の水郷（滋賀県）
高島市海津・西浜・知内の水辺景観（滋賀県）
高島市針江・霜降の水辺景観（滋賀県）
大溝の水辺景観（滋賀県）
東草野の山村景観（滋賀県）
菅浦の湖岸集落景観（滋賀県）
伊庭内湖の農村景観（滋賀県）
京都岡崎の文化的景観（京都府）
宇治の文化的景観（京都府）
宮津天橋立の文化的景観（京都府）
日根荘大木の農村景観（大阪府）
生野鉱山及び鉱山町の文化的景観（兵庫県）
奥飛鳥の文化的景観（奈良県）
蘭島及び三田・清水の農山村景観（和歌山県）
中国地方
智頭の林業景観（鳥取県）
奥出雲たたら製鉄及び棚田の文化的景観（島根県）
錦川下流域における錦帯橋と岩国城下町の文化的景観（山口県）
四国地方
樫原の棚田及び農村景観（徳島県）
遊子水荷浦の段畑（愛媛県）
奥内の棚田及び農山村景観（愛媛県）
宇和海狩浜の段畑と農漁村景観（愛媛県）
四万十川流域の文化的景観（高知県）
久礼の港と漁師町の景観（高知県）
九州・沖縄地方
求菩提の農村景観（福岡県）
蕨野の棚田（佐賀県）
長崎市外海の石積集落景観（長崎県）
佐世保市黒島の文化的景観（長崎県）
平戸島の文化的景観（長崎県）
五島列島における瀬戸を介した久賀島及び奈留島の集落景観（長崎県）
小値賀諸島の文化的景観（長崎県）
新上五島町北魚目の文化的景観（長崎県）
新上五島町崎浦の五島石集落景観（長崎県）
三角浦の文化的景観（熊本県）
天草市﨑津・今富の文化的景観（熊本県）
通潤用水と白糸台地の棚田景観（熊本県）
阿蘇の文化的景観（熊本県）
別府の湯けむり・温泉地景観（大分県）
小鹿田焼の里（大分県）
田染荘小崎の農村景観（大分県）
瀬戸内海姫島の海村景観（大分県）
緒方川と緒方盆地の農村景観（大分県）
酒谷の坂元棚田及び農山村景観（宮崎県）
北大東島の燐鉱山由来の文化的景観（沖縄県）
今帰仁村今泊のフクギ屋敷林と集落景観（沖縄県）

課題と弊害

重要文化的景観の選定は、地域固有の景観を守る上で重要な制度ですが、いくつかの課題も抱えています。一つは、景観という抽象的なものを対象とするため、選定範囲の設定が難しいことです。また、電柱や高速道路などの生活インフラが景観を損なうものと見なされ、選定の妨げになることもあります。さらに、申請制度であるため、地方の小規模な自治体では、申請ノウハウやコンサルタントへの依頼費用が不足するという問題もあります。

また、文化財であるため、復旧作業に手間と時間がかかるという弊害もあります。例えば、台風で被害を受けた小鹿田焼の里では、復旧を急ぎたい窯元が、文化財であることによる手続きの煩雑さから、再建をためらうという事態も発生しています。

その他

重要文化的景観の選定は市町村単位で行われるため、四万十川や阿蘇のように、同一対象でも複数自治体から個別に選定されることがあります。ただし、選定後には、自治体間で連携することが可能です。

また、世界遺産の構成要素として、重要文化的景観が適用されている事例もあります。例として、「明治日本の産業革命遺産」や「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」などが挙げられます。

重要文化的景観は、日本の原風景とも言える貴重な景観を守り、後世に伝えるための重要な取り組みです。その保護と活用が、地域文化の振興にもつながることが期待されます。

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