聖ペテロの磔刑 (カラヴァッジョ)

カラヴァッジョの「聖ペテロの磔刑」

作品概要

「聖ペテロの磔刑」（伊: Crocifissione di san Pietro、英: Crucifixion of Saint Peter）は、17世紀イタリア・バロック期の巨匠ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョが1601年に制作した油彩画です。この作品は、ローマのサンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂のチェラージ礼拝堂のために描かれた2点のうちの1つで、向かって左側の壁に飾られています。右側には「聖パウロの回心」が対をなして掛けられています。

主題は、『新約聖書』外典の「ペテロ行伝」に記述される使徒聖ペテロの磔刑であり、カラヴァッジョの最高傑作の一つに数えられています。

委嘱の背景

この作品は、当時ローマ教皇庁の財務長官であったティベリオ・チェラージによって依頼されました。チェラージは、自身の墓所とする予定の礼拝堂の装飾を、当時最も優れた芸術家たちに依頼しました。その結果、建築はカルロ・マデルノ、祭壇画と天井画はアンニーバレ・カラッチ、そして側壁の絵画がカラヴァッジョに委ねられることになりました。

当初、側壁の絵画もカラッチに依頼される予定でしたが、カラッチがファルネーゼ家に呼ばれたため、カラヴァッジョに依頼されることになったという経緯があります。チェラージは、2人の若い天才画家を競わせることで、礼拝堂をより魅力的な空間にしようとしたと考えられます。

カラヴァッジョは、かねてからライバル視していたカラッチとの競作に意欲を燃やし、この「聖ペテロの磔刑」と「聖パウロの回心」の制作に全力で取り組みました。1600年9月24日に交わされた契約では、2作品を8ヶ月以内に糸杉の板に描くことが定められていましたが、実際に礼拝堂に飾られているのはキャンバスに描かれたものです。

画家兼著述家のジョヴァンニ・バリオーネによれば、最初に描かれた板絵は注文主に気に入られず、枢機卿が購入し、その後カラヴァッジョが再度描き直したとされています。しかし、この説には疑問も呈されており、実際にはチェラージが亡くなった後、カラヴァッジョ自身がより完成度の高い作品を目指して描き直した可能性が高いと考えられています。

作品の特徴

本作では、ペテロが逆さまに磔にされるという伝統的な描写に加え、ミケランジェロのフレスコ画「聖ペテロの磔刑」に倣い、職人たちが十字架を立てる瞬間が描かれています。カラヴァッジョは、この場面を壮大なヴィジョンではなく、現実的な視点から捉え、英雄的な殉教者ではなく、死を恐れ、苦痛に悶える老人の姿としてペテロを描いています。

画面は暗い背景に照らし出された人物たちに鑑賞者の視線を引き付けます。ペテロは、ミケランジェロの描くような英雄的な人物ではなく、苦痛に歪んだ表情を浮かべています。また、処刑を行う労働者たちは、当時の労働者の姿そのままに描かれており、この場面が現実の出来事であることを強調しています。

カラヴァッジョは、人物の数を最小限に抑え、ズームアップした構図で、画面に迫力をもたらしています。また、光と影を効果的に用いることで、ドラマチックな雰囲気を醸し出しています。画面下部中央に描かれた石は、カトリック教会がその上に建てられた石を象徴しており、作品の深みを増しています。

本作は、汚れた労働者の足や、スコップ、ペテロの肉体など、写実的な描写が特徴的で、多くの人を魅了してきました。その一方で、人物の確固とした形態や、絶妙なバランスが保たれた構図が、この絵画の魅力をより一層高めています。修復家によると、作品には描き直しがほとんど見られず、カラヴァッジョが難なく描き上げたことを示唆しています。

総括

「聖ペテロの磔刑」は、カラヴァッジョの卓越した技量と、斬新な表現力が結集した傑作です。彼は、伝統的な主題を、現実的な視点から捉え直し、ドラマチックな光と影の効果で、見る者に強い印象を与えます。この作品は、カラヴァッジョの最高傑作の一つとして、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

参考資料

石鍋真澄『カラヴァッジョ　ほんとうはどんな画家だったのか』、平凡社、2022年
宮下規久郎『カラヴァッジョへの旅　天才画家の光と闇』、角川選書、2007年
* Web Gallery of Artサイト、カラヴァッジョ『聖ペテロの磔刑』 (英語)

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