聖女マルガリータと聖アンサヌスのいる受胎告知

聖女マルガリータと聖アンサヌスのいる受胎告知：シモーネ・マルティーニとリッポ・メンミの傑作

フィレンツェのウフィツィ美術館に収蔵されている『聖女マルガリータと聖アンサヌスのいる受胎告知』は、シモーネ・マルティーニとリッポ・メンミによる14世紀イタリア絵画の代表作です。テンペラと金箔を用いた板絵の三連祭壇画で、ゴシック絵画の最高峰の一つと評価されています。

作品の歴史と制作背景

この作品は、1330年から1350年頃に制作されたもので、当初はシエナ大聖堂の聖アンサヌスの祭壇画として飾られていました。聖アンサヌスを祀る祭壇画は、聖クレッシェンティウス、スポレートの聖サビヌス、聖ビクトルの祭壇画と共に、聖母マリアの生涯を描いた連作の一部を構成していました。他の祭壇画には、アンブロ―ジョ・ロレンツェッティ、ピエトロ・ロレンツェッティ、バルトロメオ・ブルガリーニといった、当時を代表する画家たちの作品が含まれていました。

これらの祭壇画は、制作に高価な材料が使用されていることから、シエナ市民の強い信仰心と経済力、そして共同体の威信の高さを示しています。絵画の日付は、19世紀の修復時に発見された額縁の断片に記された「symon martini et lippvs memmi de senis me pinxervnt anno domini mcccxxxiii」という銘文から明らかになり、1333年の制作であることが確認されました。しかし、マルティーニとメンミがそれぞれどの部分を担当したかは、現在も議論されています。一般的には、マルティーニが中央パネルの受胎告知を、メンミが側面の聖人像と上部の円形画（トンド）を描いたと考えられています。

この作品は、当時のイタリア絵画とは異なる様式を示しています。フランスの装飾写本や、ドイツ、イギリスの絵画の影響が強く、マルティーニの国際的な視点が反映されています。「北方ヨーロッパ的様式」を取り入れたマルティーニは、アヴィニョンの教皇庁に招かれ、活躍しました。アヴィニョンのゴシック文化は、ジョット・ディ・ボンドーネの古典的様式に強い関心を抱いていなかったため、イタリアの画家はいても、フィレンツェの画家はアヴィニョンにはいませんでした。

作品の概要と特徴

この三連祭壇画は、中央パネルの『受胎告知』、左側の聖アンサヌス、右側の聖マキシマ（あるいは聖女マルガリータ）を描いた側面パネル、そして預言者エレミヤ、エゼキエル、イシア、ダニエルが描かれた4つの円形画（トンド）で構成されています。

中央パネルの『受胎告知』では、大天使ガブリエルが聖母マリアにイエスの誕生を告げる場面が描かれています。ガブリエルはオリーブの枝を持ち、聖霊の鳩がマリアの耳に近づいています。マリアは驚きつつも、落ち着いた様子でガブリエルの言葉を聞いている様子が丁寧に描写されています。聖母マリアの衣装や、ガブリエルの羽衣などの細部まで精緻に描かれ、金箔の輝きと相まって、神聖で荘厳な雰囲気を醸し出しています。

側面パネルの聖人たちは、中央の場面とは異なる空間を形成し、画面全体に奥行きを与えています。背景には金箔が使用されており、聖母マリアの純粋さを象徴するユリの花瓶が配置されています。

この作品の特徴は、ゴシック様式の繊細な線と、リアルな描写が融合している点にあります。本、花瓶、玉座、床の敷石など、細部に至るまで精密に描かれており、人物の表情や仕草も非常に自然で、感情が伝わってきます。これらの特徴は、ビザンチン美術のような二次元的な表現とは大きく異なり、イタリア絵画の新たな境地を開いたと言えるでしょう。

まとめ

『聖女マルガリータと聖アンサヌスのいる受胎告知』は、シモーネ・マルティーニとリッポ・メンミの卓越した技量と芸術性を示す、ゴシック絵画の傑作です。その精緻な描写、豪華な装飾、そして国際的な様式は、見る者の心を魅了し、14世紀イタリア絵画の歴史において重要な位置を占めていると言えるでしょう。

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