聖母の神殿奉献 (ティントレット)

聖母の神殿奉献

作品概要

『聖母の神殿奉献』は、ヴェネツィア派の巨匠ティントレットが1550年から1553年にかけて制作した油彩画です。この作品は、『新約聖書』外典の「ヤコブの福音書」に記された聖母マリアが幼い頃にエルサレム神殿に捧げられる場面を描いています。元々はヴェネツィアのマドンナ・デッロルト教会のオルガンの外扉を飾るために、2枚のキャンバスに分割して描かれましたが、現在は1枚の絵画として教会に所蔵されています。

制作経緯

1551年11月6日の契約書によると、ティントレットは1548年にオルガン扉の制作依頼を受けましたが、当初の報酬はわずかでした。その後、1551年に新たな契約が結ばれ、報酬が増額されました。納期は1552年の復活祭と定められましたが、支払いは1556年5月まで分割で続きました。

作品詳細

この絵画では、幼い聖母マリアが神殿の階段を上る姿が描かれています。階段の最上段には、教皇の衣装をまとった大祭司ザカリアがおり、厳しい視線を聖母に向けています。周囲にはパリサイ人たちが驚いた表情で聖母を見つめています。階段の両側には大勢の群衆が描かれ、特に右下には少女と座る母親、右側には子供を抱く女性の姿が見られます。左側の群衆には乞食や障害者も描かれています。

階段の側面には鍍金されたレリーフがあり、太陽の光を受けて輝き、影の中でもその輝きを失いません。この構図は、音楽的なつながりを持つと考えられ、神殿の15の階段は、巡礼者が年に一度の教会の行進で歌う15の昇階唱との関連が指摘されています。また、階段側面のレリーフ装飾は、ドゥカーレ宮殿の階段に影響を受けていると考えられています。

背景には、力の象徴であるオベリスクの一部が見え、聖母の将来の偉大さを暗示しています。少女と座る母親や子供を抱く女性像は《慈愛》を象徴していると考えられています。

ティントレットは、聖母が階段を上る姿を、従来の真横からの視点ではなく、下からの視点で透視図法を用いて描いています。これにより、独特のダイナミックな構図が生まれています。画面の緊張は聖母に集中しており、画面全体に対してわずかに中心からずらして配置し、左側の動きのある老人と前景の女性によってバランスを取っています。

画面左から右に斜めに照射する照明は、場面に大きな表現力を与え、階段のレリーフ彫刻に使われた金箔は、特に左側の影の部分で効果を発揮しています。また、額縁も階段と同様に部分的に鍍金されていました。

最近の家族史の研究では、ティントレットが娘マリエッタ・ロブスティを幼い聖母マリアとして、恋をしたドイツ人女性を聖アンナとして描いたという説も提唱されています。

来歴

完成した絵画はオルガンの外扉に設置され、ジョルジョ・ヴァザーリは「最もよく描かれた、最も幸福な」絵画と称賛しました。ティントレットは、オルガン内扉のために『聖ペトロへの十字架の出現』と『聖パウロの斬首』も制作しました。

16世紀末から17世紀初頭にかけて、このオルガン装飾に関する記述が残されていますが、絵画がオルガンから取り外された時期は不明です。現在、オルガンは入口上部に設置されており、『聖母の神殿奉献』はオルガンがかつて設置されていた場所とほぼ同じ位置に展示されています。

評価

ヴィクトリア朝の美術評論家ジョン・ラスキンは、『聖母の神殿奉献』によってティントレットの独創性を知ったと述べています。また、作家ヘンリー・ジェイムズは、ティントレットが奉献の場面を巧みに支配し、見る人の心に永遠に刻み込むような印象を与えると評価しました。

ギャラリー

(以下にマドンナ・デッロルト教会の他のティントレット作品の画像があるという記述を想定)

参考文献

• - 『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）
• - イアン・G・ケネディー『ティツィアーノ』Taschen（2009年）

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