聶栄臻

聶 栄臻（じょう えいしん）

中国人民解放軍の創建と発展に貢献した傑出した指導者の一人、聶栄臻は、1899年12月29日に清朝末期の四川省江津県（現在の重慶市江津区）に位置する貧しい農村で生を受けました。青年期には五四運動に触発され、地元で愛国的な学生運動に身を投じました。1919年末、勤工倹学運動を利用してフランスに渡り、その後ベルギーで化学を学びながら、欧州に滞在する中国人青年たちの共産主義活動に参加しました。1923年春には中国共産党に入党し、旅欧社会主義青年団の要職を務めるなど、早くから政治活動に深く関わりました。

1924年からはモスクワに留学し、東方勤労者共産大学や赤軍学校で軍事教育を受け、帰国後には黄埔軍官学校で政治教官として多くの革命家を育成しました。1926年の「中山艦事件」の後、蔣介石との対立姿勢を明確にし、北伐戦争には広東区委員会の特派員として従軍。武昌占領後は湖北省軍事委員会の書記として、軍の政治工作を担いました。1927年夏、周恩来の指名を受けて南昌起義の準備に加わり、蜂起では軍の代表を務めましたが、起義は失敗に終わりました。同年12月には広州起義にも参加し、失敗後も葉挺と共に部隊を維持する決断を下すなど、革命の火を消さないための努力を続けました。

その後、広東省や順直省（現在の河北省周辺）で党の組織・軍事工作を担い、1930年代初頭には上海で中央特科や中央軍事委員会の活動に従事しました。1931年末に中央ソビエト区に入り、紅軍総政治部副主任や中華ソビエト共和国中央執行委員に就任。1932年3月には紅軍第1軍団の政治委員となり、毛沢東の軍事戦略を積極的に支持しました。同年4月の漳州戦役では勝利を収め、占領地での政策遂行を通じて紅軍の政治的影響力拡大に貢献しました。その後の第4次、第5次反「囲剿」作戦にも参加しました。

1934年10月から始まった長征では、林彪と共に主要な指揮官として活躍。湘江突破や金沙江渡河、そして要衝である臘子口の占領など、紅軍の困難な行軍路を切り開く上で重要な役割を果たしました。遵義会議では毛沢東の指導権確立を支持し、紅1方面軍と紅4方面軍の合流後には張国燾の分裂活動に反対するなど、党の統一を守るためにも尽力しました。陝北への到達後は、東征・西征戦役や山城堡戦役を指揮しました。

日中戦争が勃発すると、八路軍第115師の副師長兼政治委員として、林彪と共に平型関戦闘で日本軍に打撃を与えました。1937年11月、晋察冀軍区の司令員兼政治委員に任じられ、約3千人の部隊を率いて日本軍占領地の奥深くに入り、晋察冀辺区という広大な抗日根拠地の建設に着手しました。彼はこの地で遊撃戦を展開し、日本軍の厳しい掃討作戦に抵抗。部隊規模を拡大し、1938年の鉄道襲撃戦や1939年の雁宿崖・黄土嶺戦闘での勝利（特に独立混成第2旅団長阿部規秀中将を戦死させたことは大きな成果でした）を通じて、根拠地を強固なものとしました。1939年には「抗日模範根据地晋察冀辺区」を執筆し、この地の経験を理論化しました。1940年の百団大戦では、華北各地での交通線破壊や井陘炭鉱襲撃を指揮し、多大な戦果を上げました。厳しい戦況下でも「敵後之敵後」への遊撃戦展開を提唱するなど、粘り強い抗戦を指導し、1943年までに敵の度重なる攻撃を退けました。1945年夏には日本軍に対する全面反攻を指揮し、華北を中心に広範囲を解放しました。

国共内戦期も引き続き晋察冀軍区のトップとして、解放区の維持・拡大に尽力しました。正太戦役や石家荘戦役などの主要な戦いを指揮し、国民党軍を撃破して解放区間の連携を強化しました。1948年5月には華北軍区の司令員に昇進し、平津戦役では林彪・羅栄桓と共に統一指揮部を組織し、北平（現在の北京）の平和的解放を実現する交渉にも参加しました。中華人民共和国成立直前には、北平市の市長兼軍事管制委員会主任として、混乱していた都市の秩序回復や旧国民党軍部隊の編入といった困難な任務を見事に遂行しました。

新中国成立後、1949年6月には人民解放軍副総参謀長に就任。徐向前総参謀長の病気療養中は総参謀長代理を務め、国内に残る国民党勢力の掃討や、朝鮮戦争への人民志願軍派遣などの重要任務を組織・指揮しました。しかし激務のため体調を崩し、一時休養に入りました。1954年からは中央人民政府人民革命軍事委員会副主席として、軍の武器・装備の近代化を主導。1955年には中華人民共和国元帥の階級を授与されました。

特に彼の功績として特筆されるのは、建国後の科学技術・国防近代化分野での貢献です。1955年には原子力の研究開発を指導する三人小組の一員に、1956年には国務院副総理および科学計画委員会党組書記に任命され、中国全体の科学技術事業を統括しました。1958年には国防科学技術委員会主任を兼任し、先端兵器開発を強力に推進。ソ連からの技術援助が停止された困難な状況下でも、独立自主、自力更生の原則に基づき、ミサイルや原子爆弾の開発継続を提言し、中国独自の核兵器開発を成功に導く上で決定的な役割を果たしました。

文化大革命中は林彪や江青といった反革命集団との闘争の中で迫害も受けましたが、1969年には他の古参幹部と共に国内外情勢を分析し、中国の外交戦略に関する提言を行うなど、国の安定のために力を尽くしました。党、全人大、国防委員会などでも要職を歴任し、1983年からは中華人民共和国中央軍事委員会副主席を務めましたが、1987年11月に全ての公職から退きました。

1992年5月14日に北京で逝去。享年94歳（満92歳没）でした。彼の死をもって、中国人民解放軍の創建期を支えた十大元帥は全員がこの世を去ったことになります。

聶栄臻には、百団大戦中に日本人の戦災孤児姉妹を保護し、手厚く世話をした上で日本軍に送り届けたという有名なエピソードがあります。この出来事は国境を超えた人間愛を示すものとして語り継がれ、40年後の再会を経て、彼の故郷である重慶市江津区と姉妹の故郷である宮崎県都城市との友好都市締結のきっかけともなりました。温家宝元首相もこのエピソードを日中友好の手本として紹介しています。娘の聶力も人民解放軍で女性として最高位の階級（中将）に昇進しており、夫は国防科学技術工業委員会の主任を務めた丁衡高上将です。

軍事指揮官としても、科学技術行政のリーダーとしても、中華人民共和国の歴史に大きな足跡を残した人物と言えるでしょう。

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