脇谷のトチノキ
富山県南砺市、かつて東礪波郡利賀村と呼ばれた山里に、長い歴史を見守り続ける一本の巨大なトチノキが立っています。これが国の天然記念物「脇谷のトチノキ」です。伝承では樹齢千年、実際の推定では八百年ともいわれる古木であり、日本国内でも屈指の大きさを誇ります。大正15年（1926年）に、利賀村にあったもう一本の巨木「利賀のトチノキ」と共に指定されました。しかし、長年の風雪や自然の影響、特に度重なる雪害により太い枝を失ったため、かつての雄大な姿から規模は縮小しています。
この木が根を下ろす利賀村は、岐阜県との県境に近い山間部に位置する地域です。庄川の支流である利賀川沿いに広がるこの里は、深い峡谷に囲まれ、外部からのアクセスが困難であったため、かつては「秘境」とも称され、過疎化が進んでいました。しかし、合掌造りの家屋を改修した宿泊施設や、国際的な演劇祭である「利賀フェスティバル」の開催などを通じて、その名が知られるようになりました。このような山里において、トチノキは単なる木ではなく、人々の生活を支える重要な存在でした。特にその実は、米が不足しがちな時代には貴重な食料として、あるいは米の代用品として活用されたため、里の人々によって大切に守り育てられてきました。脇谷のトチノキは、このような地域の歴史や文化に深く根ざし、もう一本の巨木と共に国の宝として指定されたのです。
脇谷のトチノキは、緩やかな傾斜地に生育しています。根元周辺は北西側が低くなっており、根の一部が露出しており、土際の高低差は約4メートルにもなります。幹の周囲は、高い位置の地面に沿って測ると約11.80メートルに達し、そこから1.5メートル下がった位置でも約9.70メートルを測る堂々たるものです。しかし、通常のトチノキに見られる瘤状の突起は少なく、幹の表面は比較的滑らかであるという特徴があります。幹はやや楕円形に偏って成長しており、内部には地上から約6メートルほどの高さまで大きな空洞が生じています。幹の上部は、この空洞の終わり付近で二つに分かれ、大きな枝となって南西側と北東側の双方に伸びていました。特に北東側の枝から多くの小枝が分かれていたと言われています。この二つの大枝には、毎年交互に花を咲かせるといわれ、もし両方の枝が同時に花を咲かせた場合は不吉な出来事の前兆だと信じられる迷信が伝えられていました。この伝承について、評論家で巨樹に関する著作を多く持つ牧野和春氏は、「わずかな生産量（富）を公平に分配することで生活を維持してきた山村の厳しい掟を暗示しているようで興味深い」と考察しています。
長い年月を経て、脇谷のトチノキも自然の厳しさに晒されてきました。昭和56年（1981年）の記録的な豪雪は、この巨木に甚大な被害をもたらしました。この時、惜しくも二本あった大枝のうち一本が折れてしまいました。さらに、その数年後の昭和63年（1988年）にも、残っていたもう一方の大枝までが折損するという痛ましい出来事が起こりました。これらの被害により、脇谷のトチノキはかつてのような堂々たる枝張りを失い、木の規模は大幅に小さくなってしまいました。それに伴い、木の生命力である樹勢も以前に比べて衰えてしまったと言われています。現在、木のそばには南砺市教育委員会によって設置された説明板があり、この木の由来や歴史を知ることができます。また、平成16年（1998年）には、大枝が折れる前の、昭和36年当時の雄大な姿を写したモノクロ写真が掲示された看板も設置されており、訪れる人々に往時の姿を伝えています。
脇谷のトチノキについて語る上で、かつてこの地に並び立つ存在であった「利賀のトチノキ」にも触れておく必要があります。旧利賀村役場の近くの傾斜地に生育していたこの木も、脇谷のトチノキと同様に推定樹齢八百年とも伝えられる古木でした。幹囲は約10メートルと脇谷のトチノキよりはやや小ぶりでしたが、幹の表面には瘤が多く、コケ類や他の植物が付着しているのが目立ちました。また、この木の根元からは常に清らかな水が湧き出ており、里人からは「水持ちのトチ」として敬愛されていました。利賀のトチノキにも、枝の花が毎年交互に咲き、両枝同時開花は不吉とされる伝承がありました。この木も脇谷のトチノキと同時に、大正15年（1926年）に国の天然記念物に指定されました。しかし、こちらも幹に大きな空洞が生じるなど樹勢の衰えが深刻となり、残念ながら枯死が確認されたため、平成10年（1998年）に天然記念物の指定を解かれました。現在、伐採された跡地には、かつての幹の一部と説明板が残されています。そして、根元から湧き出る清水は今も健在で、集落の大切な水源として利用され続けています。
脇谷のトチノキは、かつての相棒を失い、自身も傷つきながらも、この利賀の地に立ち続けています。その姿は、山里の厳しい自然の中で生き抜いてきた人々の歴史や文化、そして自然の力の証として、静かに存在感を示しています。
この木が根を下ろす利賀村は、岐阜県との県境に近い山間部に位置する地域です。庄川の支流である利賀川沿いに広がるこの里は、深い峡谷に囲まれ、外部からのアクセスが困難であったため、かつては「秘境」とも称され、過疎化が進んでいました。しかし、合掌造りの家屋を改修した宿泊施設や、国際的な演劇祭である「利賀フェスティバル」の開催などを通じて、その名が知られるようになりました。このような山里において、トチノキは単なる木ではなく、人々の生活を支える重要な存在でした。特にその実は、米が不足しがちな時代には貴重な食料として、あるいは米の代用品として活用されたため、里の人々によって大切に守り育てられてきました。脇谷のトチノキは、このような地域の歴史や文化に深く根ざし、もう一本の巨木と共に国の宝として指定されたのです。
脇谷のトチノキは、緩やかな傾斜地に生育しています。根元周辺は北西側が低くなっており、根の一部が露出しており、土際の高低差は約4メートルにもなります。幹の周囲は、高い位置の地面に沿って測ると約11.80メートルに達し、そこから1.5メートル下がった位置でも約9.70メートルを測る堂々たるものです。しかし、通常のトチノキに見られる瘤状の突起は少なく、幹の表面は比較的滑らかであるという特徴があります。幹はやや楕円形に偏って成長しており、内部には地上から約6メートルほどの高さまで大きな空洞が生じています。幹の上部は、この空洞の終わり付近で二つに分かれ、大きな枝となって南西側と北東側の双方に伸びていました。特に北東側の枝から多くの小枝が分かれていたと言われています。この二つの大枝には、毎年交互に花を咲かせるといわれ、もし両方の枝が同時に花を咲かせた場合は不吉な出来事の前兆だと信じられる迷信が伝えられていました。この伝承について、評論家で巨樹に関する著作を多く持つ牧野和春氏は、「わずかな生産量（富）を公平に分配することで生活を維持してきた山村の厳しい掟を暗示しているようで興味深い」と考察しています。
長い年月を経て、脇谷のトチノキも自然の厳しさに晒されてきました。昭和56年（1981年）の記録的な豪雪は、この巨木に甚大な被害をもたらしました。この時、惜しくも二本あった大枝のうち一本が折れてしまいました。さらに、その数年後の昭和63年（1988年）にも、残っていたもう一方の大枝までが折損するという痛ましい出来事が起こりました。これらの被害により、脇谷のトチノキはかつてのような堂々たる枝張りを失い、木の規模は大幅に小さくなってしまいました。それに伴い、木の生命力である樹勢も以前に比べて衰えてしまったと言われています。現在、木のそばには南砺市教育委員会によって設置された説明板があり、この木の由来や歴史を知ることができます。また、平成16年（1998年）には、大枝が折れる前の、昭和36年当時の雄大な姿を写したモノクロ写真が掲示された看板も設置されており、訪れる人々に往時の姿を伝えています。
脇谷のトチノキについて語る上で、かつてこの地に並び立つ存在であった「利賀のトチノキ」にも触れておく必要があります。旧利賀村役場の近くの傾斜地に生育していたこの木も、脇谷のトチノキと同様に推定樹齢八百年とも伝えられる古木でした。幹囲は約10メートルと脇谷のトチノキよりはやや小ぶりでしたが、幹の表面には瘤が多く、コケ類や他の植物が付着しているのが目立ちました。また、この木の根元からは常に清らかな水が湧き出ており、里人からは「水持ちのトチ」として敬愛されていました。利賀のトチノキにも、枝の花が毎年交互に咲き、両枝同時開花は不吉とされる伝承がありました。この木も脇谷のトチノキと同時に、大正15年（1926年）に国の天然記念物に指定されました。しかし、こちらも幹に大きな空洞が生じるなど樹勢の衰えが深刻となり、残念ながら枯死が確認されたため、平成10年（1998年）に天然記念物の指定を解かれました。現在、伐採された跡地には、かつての幹の一部と説明板が残されています。そして、根元から湧き出る清水は今も健在で、集落の大切な水源として利用され続けています。
脇谷のトチノキは、かつての相棒を失い、自身も傷つきながらも、この利賀の地に立ち続けています。その姿は、山里の厳しい自然の中で生き抜いてきた人々の歴史や文化、そして自然の力の証として、静かに存在感を示しています。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。