般若野の戦い (平安時代)

般若野の戦いとは

般若野の戦い（はんにゃののたたかい）は、寿永2年（1183年）5月9日、越中国砺波郡般若野（現在の富山県高岡市南部から砺波市東部にかけての地域）で行われた、平氏軍と源氏および北陸の蜂起勢力連合軍との戦いです。

戦いの経緯

養和の大飢饉が一段落した寿永2年、平家は各地で発生した反乱を鎮圧するため、北陸の制圧を第一目標としました。平維盛を総大将とする平氏軍は、越前・加賀を制圧した後、越中への進軍を計画しました。

平維盛は、越中と越後の国境にある寒原の険（現在の親不知付近）を占領し、木曾義仲軍を迎え撃つ作戦を立てました。越中の地理に詳しい平盛俊に5,000の兵を与え、先遣隊として越中へ進軍させました。

一方、越後国府にいた木曾義仲は、平氏軍が越中へ進軍するとの知らせを受け、自ら軍を率いて越中へ進軍することを決意しました。まず、今井兼平が6,000の兵を率いて先遣隊として出発し、御服山（現在の呉羽山）に布陣して平氏軍を迎え撃つ態勢を整えました。

5月8日、平盛俊率いる平氏軍先遣隊は、倶利伽羅峠を越えて越中に入りました。般若野に軍を進めた際、源氏軍先遣隊が呉羽山を占領していることを知り、その日は進軍を止め、般若野に留まりました。

その夜、今井兼平軍は平氏軍が前進しないことを察知し、夜襲を敢行。5月9日明け方、攻撃を開始しました。平盛俊軍は善戦しましたが、午後2時ごろには戦況が不利となり、退却を余儀なくされました。

5月9日、六動寺（現在の新湊市六渡寺）に宿営していた木曾義仲軍は、5月10日に般若野の今井兼平軍に合流。5月11日朝、倶利伽羅峠へ向けて般若野を出発しました。

戦場となった場所

般若野は、現在の高岡市南部から砺波市東部に広がる地域を指します。正確な場所は特定されていませんが、周辺には関連する史跡が点在しています。

弓の清水古戦場: 義仲が弓で地を穿つと清水が湧き出し、将士の喉を潤したとされる場所。
午飯岡碑: 義仲軍が昼食を取ったとされる場所。
川田八幡宮: 義仲が戦勝祈願をしたとされる神社。

これらの史跡は、湧水点の連なる庄川扇状地の辺縁部に位置し、北陸道の主要道であった中田通（倶利伽羅峠－般若野－呉羽山）が通っていました。義仲軍は、弓の清水周辺で勝利した後、中田通を通って倶利伽羅峠へ向かったと考えられています。

非実在説

越中史研究者の久保尚文は、2013年に般若野の戦いは実在しなかったとする説を提唱しました。その根拠は以下の通りです。

「般若野の戦い」は『源平盛衰記』にのみ記述があり、『平家物語』には見られない。
『源平盛衰記』では同じ日に「般若野の戦い」と「白山妙理権現への願書」があったとするが、両立は考えにくい。
『源平盛衰記』の編者自身が、「般若野の戦い」の記事に「蓋齟齬、必有一誤」と注釈している。
般若野荘は徳大寺実能が守護不入権を保証されており、徳大寺家は武家介入の排除を求めていたと考えられる。

久保尚文は、般若野荘が一連の争乱で侵犯を受けたという徳大寺家の主張が、「般若野合戦譚」に変容したと推測しています。つまり、源平合戦の混乱に乗じて武士が侵入したという徳大寺家の主張が、物語として語り継がれるうちに「般若野の戦い」となったという説です。

まとめ

般若野の戦いは、『源平盛衰記』にのみ記述がある戦いであり、実在を疑問視する説も存在します。しかし、木曾義仲軍の北陸進攻における重要な戦いとして、今もなお語り継がれています。戦いの正確な場所は特定されていませんが、周辺には史跡が点在し、当時の歴史を今に伝えています。

参考資料

中田町誌編纂委員会編「源平合戦と中田」『中田町誌』、1968年
砺波市史編纂委員会編「治承・寿永の源平争乱」『砺波市史 資料編1(考古 古代・中世)』、1990年
上杉和彦『戦争の日本史6 源平の争乱』(吉川弘文館、2007年)
* 久保尚文「木曾義仲進軍と八条院領高瀬荘―越中地域史研究の原点⑧」『富山史壇』171号、2013年

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