荒川康男

荒川 康男（あらかわ やすお）は、1939年6月12日に兵庫県神戸市に生まれた、日本のジャズ・ベース奏者および作曲家です。

生い立ちと音楽との出会い

幼少期に第二次世界大戦の影響で鳥取県方面へ疎開を経験し、終戦後に芦屋に戻り小学校に通います。芦屋山手小学校では、後にジャズの世界で名を馳せる清水閏や木村新弥らと机を並べました。戦後、ラジオ、特にFEN放送を通じてジャズをはじめとするアメリカの音楽に強く惹きつけられ、中学時代にはジャズへの関心を深めます。高校に入るとベニー・グッドマンのレコードに夢中になりました。

演奏活動の開始とキャリア初期

本格的な楽器経験がないまま、高校3年生の時に神戸のジャズ喫茶でベース演奏を任されたのが、プロとして音楽に携わるきっかけとなりました。ジャズ喫茶での演奏に加え、ウェスタン・バンドでの活動もこなし、この時期に歌手の鹿内孝、坂本九、そしてヴィブラフォン奏者の鍋島直昶といった、後に日本の音楽界で重要な役割を果たす多くの人々との出会いがありました。

上京、プロデビュー、そしてスタジオワーク

高校卒業後、当時日本のトップベーシストであった宮本直介に師事するため上京し、内弟子として生活を共にします。宮本がジョージ川口率いるビッグ・フォアから受けた誘いを別の仕事のために断った際、荒川を代わりに推薦したことが縁となり、荒川はビッグ・フォアの一員としてプロの世界に飛び込みます。

その後、ギタリスト澤田駿吾のグループ「ダブル・ビーツ」に参加し、ピアニスト徳山陽と出会います。この頃からスタジオミュージシャンとしての活動も活発になり、いずみたくや坂本九などのレコーディングに多数参加。特に、国民的人気映画シリーズ「男はつらいよ」の主題歌における印象的なベース演奏は、荒川が担当したことで知られています。

エレキベースの導入とバンド活動

時代の変化と共にジャズ喫茶の人気が落ち着くと、活動の場はスタジオや舞台へと移っていきました。1965年には、日生劇場で上演された石原慎太郎作のミュージカル「焔のカーブ」で、ジャズ演奏にエレクトリックベースを使用。荒川自身は、これが日本で初めてジャズにエレキベースが使われた事例の一つであると語っており、その後の日本のジャズシーンに大きな影響を与えました。澤田のグループで活動を共にした稲垣次郎とは特に親交を深め、二人で独立し、日野照正、佐藤允彦、山下洋輔、大野雄二といった、後に日本のジャズ界を代表するミュージシャンたちをメンバーに迎えたバンドを結成しました。

バークリー音楽院への留学

当時の日本のジャズ界は、体系的な音楽理論を学ぶ環境が十分ではありませんでした。荒川はより深い理論を追求するため、1963年に参加したピアニスト穐吉敏子とサックス奏者チャーリー・マリアーノのグループで彼らの先進的な演奏に触発され、海外での学習を決意します。1965年、穐吉らがアメリカに帰国するのを機に渡米し、ボストンのバークリー音楽院に入学。約4年間、ジョン・アバークロンビー、ジョー・ラバーベラら錚々たる顔ぶれの学生たちと共に学びました。

帰国後の活動と「WE3」

1969年に帰国すると、再び稲垣次郎率いるファンキーサウンドで人気を博した「ソウル・メディア」で活動。同年には佐藤允彦（ピアノ）、富樫雅彦（ドラム）とトリオを結成しますが、1970年に富樫が事件に巻き込まれたため、トリオは残念ながら短期間で解散しました。レコーディング活動も積極的に行い、サックス奏者・宮沢昭のアルバムや、1970年にはヘレン・メリルのアルバム『ヘレン・メリル・シングス・ビートルズ』に参加。また、同年にはデューク・エリントン楽団の日本公演で代役を務めるという貴重な機会を得ました。

1970年代に入ると、ピアニスト前田憲男、ドラマー猪俣猛と共にトリオ「WE3」を結成。このトリオは前田が亡くなる2017年まで、実に長きにわたり活動を続け、日本のジャズ界に確固たる地位を築きました。ジャズ演奏の傍ら、CM楽曲制作でも才能を発揮し、歌手尾崎紀世彦が歌唱したスバル『レオーネ』のCMソングなどが知られています。

長年にわたる日本ジャズ界への多大な貢献が評価され、2020年には一般社団法人日本ジャズ音楽協会よりジャズ大賞が授与されました。

代表的な参加アルバムとして、1971年に発表されたスティーヴ・マーカスと稲垣次郎とソウル・メディアによる『サムシング』があります。これは1970年に録音されたもので、当時画期的であった世界初のデジタル録音によるアナログレコードとしても特筆されます。

荒川康男は、戦後日本のジャズ創成期から現在に至るまで、ベースという楽器の可能性を追求し、多様な音楽活動を通して日本のジャズシーンの発展に貢献し続けている、稀代のジャズ・ベーシストです。

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