荻原耐

荻原耐：知られざる映画監督の生涯

荻原耐（おぎわら たい）は、日本の映画監督、脚本家、映画プロデューサーとして昭和初期に活躍した人物です。石川県出身で、京都帝国大学文学科独文学科を卒業後、詩人・ドイツ文学者から映画界へと異色の転身を遂げました。名前の表記について「萩原耐」と誤記されることがありますが、「荻原耐」が正しいです。

学究生活から映画界へ

1900年前後に生まれた荻原は、京都帝国大学在学中の1925年9月に文芸雑誌『響宴』を創刊し、園頼三、林久男、河盛好蔵、矢野峰人、太宰施門、成瀬無極といった当時の著名な詩人や作家が名を連ねました。同誌には、阿部六郎、山本修二、片山孤村なども寄稿し、荻原自身も詩や小説を掲載し、編集後記を執筆していました。また、1928年には、若くして亡くなった浜岡達郎を偲び、『浜岡達郎遺稿集』に追悼文を寄せています。

大学時代の同級生には、佐藤通次や杉山産七がおり、荻原は普段和服と袴姿で通学していましたが、マンドリン演奏会の際には学生服を着用していました。1926年に大学を卒業後、大阪高等学校 (旧制)の教師、同志社でドイツ語講師を務めました。同志社では生徒の方を全く見ずに授業をしたという逸話が残っています。

映画の世界へ

1932年、荻原は松竹蒲田撮影所に入社し、名匠・清水宏監督に師事します。1935年公開の清水監督作品『東京の英雄』ではセカンド助監督を務めました。その後、1937年にはP.C.L.映画製作所（後の東宝映画）の製作部製作課に所属し、山本嘉次郎、松井稔、大谷俊夫、岡田敬らの作品をプロデュースしました。

1938年、映画『人生競馬』で監督デビューを果たし、同年には『新柳桜』も監督しました。しかし、1939年には矢倉茂雄監督の『江見家の手帖』の脚本を手掛けた後、東宝文化映画部に異動し、ドキュメンタリー映画の世界へと進みます。

戦争、そして悲劇的な最期

東宝文化映画部では、『村の学校図書館』などのドキュメンタリー作品を手掛けました。1943年公開の『恙虫記』が、記録に残る最後の監督作品となります。山本嘉次郎の回想によれば、荻原は同年、山本に「東宝をやめ、日映の特派員となって、比島に行く」と告げたそうです。日映（日本映画社）は、戦時中に各社の文化映画部門を統合したもので、荻原は特派員としてフィリピンへ赴く決意をしていました。山本はこれを強く反対しましたが、荻原は「そういう死に直面したところで、自分の力を試して見たい」と語ったといいます。

白井茂の回想によると、荻原は日映マニラ支局に所属し、1945年頃、撮影技師の今村秀夫と組み、戦闘記録撮影のため南方へ向かいました。その後、現地で召集を受け、敗戦後にマニラで捕虜となり、餓死という悲劇的な最期を迎えました。享年40代。

フィルモグラフィ

荻原耐は、映画監督としてだけでなく、脚本家、プロデューサーとしても数多くの作品に携わりました。以下に、彼の主な作品を記します。

松竹蒲田撮影所

『七つの海 後篇 貞操篇』（1932年、監督補助）
『泣き濡れた春の女よ』（1933年、監督補助）
『港の日本娘』（1933年、監督補助）
『東洋の母』（1934年、共同監督）
『金環蝕』（1934年、監督補助）
『東京の英雄』（1935年、監督補助）

P.C.L.映画製作所

『エノケンのちゃっきり金太 前篇・後篇』（1937年、製作）
『南風の丘』（1937年、製作）
『楽園の合唱』（1937年、製作）
『俺は誰だ』（1937年、製作）

東宝映画東京撮影所

『雷親爺』（1937年、製作）
『母の曲 前篇・後篇』（1937年、製作）
『人生競馬』（1938年、監督）
『新柳桜』（1938年、監督・脚本）
『江見家の手帖』（1939年、脚本）

東宝文化映画部

『眼の科学』（1939年、演出）
『山小鉄』（1940年、演出）
『百錬日本刀』（1940年、演出）
『少年飛行兵』（1940年、演出）
『室生寺』（1940年、演出）
『村の学校図書館』（1941年、脚本・演出）
『伸びゆけヨイコドモ』（1942年、演出）
* 『恙虫記』（1943年、演出）

荻原耐は、その短い生涯の中で、詩人、ドイツ文学者、教師、そして映画監督として多岐にわたる才能を発揮しました。彼の作品は、戦前の日本映画史における貴重な記録として、今もなお評価され続けています。

もう一度検索