落葉松 (小林秀雄)

落葉松（からまつ）

小林秀雄作曲の歌曲『落葉松』は、1973年に初演された後、合唱曲やピアノ曲にも編曲され、現在も広く親しまれている楽曲です。

楽曲の成立

1972年秋、小林秀雄は、翌春開催予定の第9回波の会コンサートのために、主宰者のアルト歌手・四家文子から、同会の副会長を務めた野上彰の追悼のための作曲を依頼されました。四家から野上の遺稿を渡された小林は、その中の詩『落葉松』に目を留めました。野上は、師事した川端康成の山荘がある軽井沢によく足を運び、その作品には浅間高原の自然や小動物が数多く登場します。この詩は、1945年秋に書かれた（あるいはそのイメージで書かれた）もので、1959年出版の野上の小説「軽井沢物語」の巻末に掲載されています。

小林は、この詩に触れた際、自身の故郷である上州の落葉松林の風景が鮮やかに蘇り、強い感動を覚えたと述べています。そして、独唱とピアノのための初稿を一気に書き上げました。

初演は1973年4月24日、ソプラノ歌手の小林久美（小林秀雄の妻）とピアニストの鷹取淑子によって行われ、高い評価を得ました。四家はこの曲のレッスン中に、感極まって涙を拭ったと伝えられています。

編曲と演奏

その後、『落葉松』は日本歌曲として広く愛唱され、1976年には蓑田良子の勧めで女声合唱に編曲されました。さらに、混声合唱、男声合唱、ピアノ曲としても編曲され、作曲から40年以上経った現在でも、様々な形で演奏され続けています。

しかし、小林自身は、自身の意図とは異なる演奏が多いことを嘆いています。彼は、「野上氏の名吟に導かれて生まれたこの音楽は、五線紙を前にした私に囁きかけた。『人の心の深い奥底を見つめ、ぼくは、この曲の声のパートの始まりを、遠くからやって来ることにするよ』と。だから私は歌い出しにppと書かせてもらった。しかるにfやffで歌い始める唱者、奏者の何と多いことだろう!独唱も合唱も、奏者の多くは、なぜ＜声の誇示＞にしか、関心がないのだろう?」と述べています。

合唱曲集

『落葉松』を含む全4曲の合唱曲集は、1976年から1980年にかけて作曲されました。女声合唱版は1982年、混声合唱版は1984年に出版され、男声合唱版は表題曲のみが単独で出版されています。なお、2000年には改訂版が出版されています。

小林は、出版譜の前書きで「私は、歌詞や内容のすべてが聴衆に完全に伝わる、明るい音楽を創作の中心に据えます。そして、粗雑で軽薄な音楽を排します。」「『明るい、わかりやすい音楽を、正格な技術で演奏する。内容や心は、それに乗って滲み出てくる』。これが音楽です。」と述べています。そして、当時の合唱コンクールなどに見られた「陰湿な精神主義」や「技術の拙劣さを心や情緒の話にすり替えてしまう」といった風潮を厳しく批判しています。

曲集構成

合唱曲集は以下の4曲で構成されています。

1. 飛騨高原の早春
ト長調。詩は岩間純。1971年作曲の独唱曲を1977年に女声合唱曲に編曲。ロンド形式。
8分音符=216のテンポ指示があり、「この曲は軽快に速く、8分音符1個が1分間に216の速さで演奏して下さい」と付記されています。
小林は、テンポは指揮者や演奏者の発想の出発点であり、音楽のあらゆる次元を決定するものだと述べています。

2. あなたと　わたしと　花たちと
ト長調。詩は峯陽。1976年に女声合唱曲として作曲。A-B-A'の三部形式。
フォークソング調で、結婚を祝う「門出のうた」であり、同時に「春のうた」でもあります。

3. 瞳
ト長調。詩は薩摩忠。1969年作曲の独唱曲を1980年に女声合唱曲に編曲。A-B-A'-B-A'の三部形式。
「この曲は速さと表情の変化を明瞭に。」との指示があります。

4. 落葉松
ヘ長調。詩は野上彰。1972年作曲の独唱曲を1976年に女声合唱曲に編曲。
女声合唱版は、1981年度の全日本合唱コンクールと、1985年度のNHK全国学校音楽コンクール高等学校部門の課題曲に採用されました。
A-A'-B-A'の二部形式で、ピアノの間奏を挟みつつ後半のB-Aを反復して終わります。
オブリガートは取り除いても構わないが、最高音が聴衆に与える感動は大きいとされています。
楽譜には、テンポを守り、8分音符と3連符を正確に区別することなど、演奏に関する詳細な指示が付記されています。

楽譜

全音楽譜出版社から出版されています。女声合唱版と混声合唱版には、改訂版が流通しています。

参考文献

「新・日本の作曲家シリーズ 11 小林秀雄」『ハーモニー』No.120（全日本合唱連盟、2002年）
「名曲の生まれた場所作曲家自作を語る第3回「落葉松」との不思議な縁」（『ハーモニー』No.140、全日本合唱連盟、2007年）