蔡倫

蔡倫：製紙技術の革新者、後漢の宦官

蔡倫（さいりん、63年 - 121年）は、後漢時代の宦官であり、字は敬仲（けいちゅう）といいます。彼は荊州桂陽郡耒陽県（けいしゅうけいようぐんらいようけん）の出身です。

後漢時代は、外戚と宦官の間で激しい権力闘争が繰り広げられていましたが、蔡倫は鄭衆（ていしゅう）と共に、その初期における重要な人物の一人でした。

生涯

蔡倫は、後漢の明帝（めいてい）の永平（えいへい）末年（75年）から宦官として宮廷に仕え始めました。章帝（しょうてい）の時代には位の低い小黄門（しょうこうもん）でしたが、和帝（わてい）が即位した後の89年には、中常侍（ちゅうじょうじ）という高い地位にまで昇りつめました。彼は誠実な人柄であり、学問や工作を好む性格、そして潔癖な身の振る舞いが評価され、97年には尚方令（しょうほうれい）という役職に任命されました。尚方令は、剣などの武器類や様々な品物の製作監督や製造技術の確立を任務とする役職でした。

105年、蔡倫は樹皮や麻くず、破れた魚網などの廃棄物を材料として紙を製造し、和帝に献上しました。蔡倫が作った紙は非常に優秀であったため、「蔡侯紙（さいこうし）」と呼ばれ、広く使用されるようになりました。当時、文章を記すには竹簡（ちくかん）や絹織物（縑帛‐けんばく）製のものが用いられていましたが、竹簡は重く、絹織物は高価であるという欠点がありました。

蔡倫は和帝から厚い信頼を得て、国家計画を立案する重要な機関である帷幄（いあく）にも参加し、しばしば諫言を奏上したと伝えられています。また、儒者の劉珍（りゅうちん）らによる古典の校正作業を監督するなど、有能な文人臣下としての能力を発揮しました。

しかし、蔡侯紙を献上した105年に和帝が崩御。幼い殤帝（しょうてい）が帝位を継承するも1年で亡くなり、当時政治の実権を握っていた太后の鄧綏（とうすい）は、章帝の皇太子たる地位を廃された劉慶（りゅうけい）の息子である劉祜（りゅうこ）を安帝（あんてい）として擁立しました。太后は摂政として、外戚と宦官を併用しつつ実権を掌握しました。114年、蔡倫は竜亭侯（りゅうていこう）に封ぜられました。

太后が亡くなると、安帝は宦官の協力を得て鄧氏一族の粛清を実行に移しました。安帝は父である劉慶が皇太子を廃された理由を調査し、祖母の宋貴人（そうきじん）が巫蠱（ふこ）の呪詛をしたという讒言により自殺に追い込まれたことを突き止めました。そして、当時宋貴人の呪詛が事実であると報告をしたのが小黄門であった蔡倫でした。安帝は蔡倫に廷尉（ていい、刑罰担当長官）への出頭を命じました。当時の慣例では、廷尉出頭の勅命を受けた者は毒薬を賜り自決するのが通例であり、蔡倫もこれに従い、沐浴し衣服を整え、毒を飲んで亡くなりました。蔡倫が死亡した年月については諸説ありますが、太后が亡くなった121年以降であると考えられています。

現在の湖南省耒陽市（らいようし）郊外には蔡倫の墓と伝えられる場所があり、1950年代に地元の県が修復作業を行った際、石臼が副葬品として発見され、「蔡倫が紙を作った際に使った臼ではないか」との憶測が流れましたが、真偽は不明です。一方で、墓があった場所はかつての封地である現在の陝西省漢中市洋県龍亭鋪街（ようけんりゅうていほがい）とする説もあります。

業績

蔡倫はかつて製紙法の発明者とされていましたが、前漢時代の遺跡から植物繊維由来の紙が発見されたことから、現在では蔡倫は従来からの技術を集約統合し、実用的な紙の製造方法を確立した改良者であると見なされています。ただし、前漢時代の紙は銅鏡を包む包装紙であり、文字を記したものではありませんでした。また、2006年には、前漢時代に作られたとされる馬圏湾（マーチェンワン）遺跡で発掘された麻紙が、蔡倫より100年古いとされました。

蔡倫に続き、紙の改良は続けられ、左伯（さはく）が「左伯紙（さはくし）」を発明しました。これらの紙は広く普及し、後漢以降の中国では優れた能書や詩文・論文などの輩出を大いに助けました。そして、紙はタラス河畔の戦いを経てイスラム世界に伝わり、そこから西洋にも伝播し、文化の発展に大きく貢献しました。

崔寔（さいしょく）の『政論（せいろん）』には、蔡倫の名を冠した弩（ど）や剣の名が挙げられており、紙以外にも武器の発明も行っていたようです。

評価

蔡倫は宦官として偉大な功績を挙げた人物として、司馬遷（しばせん）、鄭和（ていわ）と共に後世から称揚されています。中国では、特に伝統的な紙漉き職人たちの間で、蔡倫は紙の守護神として崇拝されています。

マイケル・H・ハートの著書『歴史を創った100人』において、蔡倫は第7位にランクインしています。

陝西省漢中市洋県には蔡倫博物館があり、蔡侯紙が復元製造・販売されています。

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