蕪庵

蕪庵（かぶらあん）とは

蕪庵は、江戸時代中期から昭和初期にかけて、甲斐国（現在の山梨県）で約150年間続いた俳諧結社です。創設者の五味可都里（ごみかつり）の俳号にちなんで名付けられました。蕪庵は、地域文化の発展に大きく貢献し、多くの俳人を輩出しました。

創設者：五味可都里

五味可都里は、寛保3年（1743年）に巨摩郡藤田村（現在の山梨県南アルプス市）に生まれました。幼名は宗蔵または益雄といい、俳号として草履や可都里、軒号として雪亭を用いていました。彼はまず尾張国名古屋の加藤暁台に師事し、その後加賀国金沢の高桑闌更に師事して俳風を確立させました。可都里は甲斐国に戻ってからも中心的な俳人として活躍し、俳諧結社「蕪庵」を創設しました。名主として農村で生活する中で、自然や農民の生活を詠んだ句を多く残しました。

彼の編著には『農おとこ』や『ななしどり』などの句集があります。文化14年（1817年）に75歳で病没し、鏡中条村（現在の南アルプス市鏡中條）の長遠寺に葬られました。彼の墓は現在、長遠寺の境内に移されていますが、もともとの墓所は同市の藤田にあり、「五味可都里の墓跡」として南アルプス市の指定文化財となっています。

二世：五味蟹守

五味可都里の甥である五味蟹守（ごみ かにもり）が、蕪庵の二世を継承しました。蟹守の通称は五郎左衛門といい、『俳諧古今発句集』や『俳諧文集』などを刊行しました。彼は生前に小尾守彦に蕪庵を譲り、天保6年（1835年）に70歳で亡くなりました。南アルプス市鏡中條の長遠寺には、可都里の句碑と並んで蟹守の句碑が建てられています。

三世：小尾守彦

小尾守彦（おび もりひこ）は、寛政3年（1791年）に五町田村（現在の山梨県北杜市高根町）に生まれました。通称は兵之進や保教、俳号として守彦を用いていました。彼は里正（後の庄屋）を務める傍ら、五味蟹守に師事し、蟹守の生前に蕪庵の三世となりました。守彦は朱子学、漢詩文、古典にも精通し、私塾を開いて幅広い層の聴講者を集めました。八ヶ岳南麓地域での教育と俳諧の普及に大きく貢献し、特に五町田村はその文化の中心地となりました。彼の時代には、蕪庵の門人が百数十人にも上りました。

天保5年（1834年）に刊行した『土鳩集』（『つちはと集』）には、甲斐国だけでなく他国からも298人もの俳句が掲載されています。その他に『人道俗説弁義』、『鳳山詩文稿』、『新編俳諧文集』などを刊行しています。守彦の俳風は、五味可都里や五味蟹守の蕉風俳諧を継承し、自然美や農村生活を繊細に詠んだものでした。天保15年（1844年）に53歳で急逝しました。元治元年（1864年）には、五町田村に「小尾子孝墓碑銘并序」が建立されています。

四世：清水彦貫

小尾守彦の高弟である清水彦貫（しみず ひこぬき）が、蕪庵の四世を継ぎました。彦貫の通称は清水五郎で、酒造業を営んでいました。彼は人柄も良く、「峡北の行脚問屋」とも呼ばれていました。万延2年（1861年）には、三世・小尾守彦の17回忌に合わせて追善句集『旭露集』を刊行し、蕪庵の俳諧活動の全貌を明らかにしました。また、文久2年（1862年）には、ホトトギスという語句を200通り以上に書き分けた『千羽集』を刊行しました。芭蕉を敬愛し、忠興寺（北杜市大泉町）に芭蕉の句碑を門人たちと建て、裏面に自作の句を刻みました。

五世：植松田彦

五世は、三世守彦の次男である植松田彦（うえまつ たひこ）が継ぎました。通称は植松俊右衛門といいました。このころ回文形式の句が流行し、田彦による句碑が北杜市高根町村山西割に現存しています。

六世：小尾四友

六世は、通称小尾伝右衛門という小尾四友（おび しゆう）が継ぎました。江戸時代には五町田村の名主を務め、年貢を納めるためにしばしば江戸に上っていました。江戸では蔵前に滞在することが多く、その間に江戸の文化に触れ、俳諧だけでなく茶道や生け花、焼き物なども楽しんでいたそうです。

七世：雨山無畏

七世は、信濃国出身の雨山無畏（うざん むい）が継ぎました。彼は僧侶であり、俳諧にも秀でていました。1899年（明治32年）に宗匠の地位を譲られ、1900年（明治33年）には信濃を旅行し、その紀行文『信濃旅行』に47句を掲載しました。1902年（明治35年）には、蕪庵門人たちの俳諧集『千年の翠』の出版を計画しましたが、草稿のみが残され、後に孫の雨山千尋が刊行しました。

八世：浅川荊州

八世は、六世四友の次男である浅川荊州（あさかわ けいしゅう）が継ぎました。荊州が1932年（昭和7年）に亡くなったことで、蕪庵は途絶えました。

蕪庵と浅川兄弟

蕪庵の歴代宗匠の中には、朝鮮陶磁を研究し日本に伝えた浅川伯教・浅川巧兄弟の親族が複数含まれています。小尾四友は兄弟の祖父にあたり、植松田彦は兄弟の大叔父にあたります。また、浅川荊州は兄弟の叔父にあたります。

歴代宗匠

以下に蕪庵の歴代宗匠をまとめます。

一世：五味可都里（1743年 - 1817年）
二世：五味蟹守（1762年 - 1835年）
三世：小尾守彦（1792年 - 1844年）
四世：清水彦貫（1808年 - 1871年）
五世：植松田彦（1818年 - 1893年）
六世：小尾四友（1827年 - 1901年）
七世：雨山無畏（1838年 - 1904年）
八世：浅川荊州（1864年 - 1932年）



蕪庵は、江戸時代から昭和初期にかけて、甲斐国（現在の山梨県）の俳諧文化を牽引した重要な結社であり、その歴史は地域の文化史を語る上で欠かせないものとなっています。

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