藺相如

藺相如（りん しょうじょ）

藺相如（生没年不詳）は、中国の戦国時代末期に趙に仕えた重臣です。その名は、知恵と勇気を兼ね備えた人物として、後世にまで語り継がれています。特に「完璧」と「刎頸の交わり」の二つの故事は、彼の卓越した才能と人間性を象徴するエピソードとして知られています。

生涯

藺相如は、もともと恵文王の宦官であった繆賢の食客でした。彼の才能が認められるきっかけとなったのは、「和氏の璧」を巡る秦との交渉でした。

完璧帰趙

秦の昭襄王は、趙が所有する名宝「和氏の璧」と、自国の15の城を交換しようと提案してきました。この申し出は、一見すると趙にとって有利に見えましたが、秦の狙いは和氏の璧を奪うことにあり、城を渡すつもりがないことは明らかでした。もし安易に璧を渡せば、趙は秦の属国とみなされる恐れがあり、拒否すれば侵攻の口実を与えてしまうという、極めて困難な状況でした。

恵文王は、この難局を乗り切るための使者を決めかねていましたが、繆賢は藺相如を推薦しました。繆賢はかつて罪を犯して燕へ亡命しようとした際、藺相如の助言により恵文王の許しを得た経験から、彼の知恵と勇気を高く評価していました。

恵文王は藺相如にこの問題をどうすべきか問うと、藺相如は「秦は強く、趙は弱い。受諾するしかないでしょう。ただし、何かあった際の責任は秦にあるようにすべきです」と答えました。そして、自分が使者として秦へ赴き、もし城を渡さなければ必ず和氏の璧を持ち帰ると宣言しました。

咸陽に到着した藺相如は、昭襄王に和氏の璧を渡しました。しかし、昭襄王は璧を自慢するばかりで、城の話をしようとしません。それを見抜いた藺相如は、璧に小さな傷があると言って取り戻し、柱に寄りかかって「趙王は秦への敬意として身を清めて璧を渡した。しかし、秦王は無礼だ。今すぐこの璧を柱に叩きつけて、私の首も刎ねる」と凄みました。昭襄王は慌てて地図を持ってきて城の話をしましたが、藺相如は昭襄王に五日間身を清めるよう要求し、その隙に部下に璧を趙へ持ち帰らせました。そして、五日後、昭襄王に「秦王に城を渡す意思がないので璧は既に趙へ戻した」と伝え、自身は処刑されても良いと伝えました。昭襄王は藺相如の度胸に感嘆し、処刑を免じ、藺相如は無事に帰国しました。

この出来事から、「完璧」という言葉が生まれました。

黽池の会

紀元前279年、秦の昭襄王は恵文王を黽池に招き、友好を祝う会を開こうとしました。黽池は秦の領内であり、趙にとって危険な場所です。恵文王は参加をためらいましたが、藺相如は廉頗と共に同行することを進言しました。

宴席で、昭襄王は恵文王に瑟を弾くように強要し、それを記録させました。これは趙を見下す行為だと判断した藺相如は、昭襄王に缻を叩くように求めました。昭襄王が拒むと、藺相如は「私と秦王の距離はわずか五歩。ここで私の首を刎ねて、血を秦王に浴びせましょうか」と脅し、昭襄王は仕方なく缻を叩きました。藺相如はすぐに記録官に「趙王、秦王に缻を叩かせた」と記録させました。

さらに、秦の臣下が恵文王に15の城を献上するように言うと、藺相如は「秦こそ咸陽を献上すべきだ」と言い返しました。藺相如の活躍により、秦は趙を格下に見ることができず、恵文王は無事に帰国できました。

刎頸の交わり

藺相如はこれらの功績により上卿に任命されました。しかし、武将の廉頗は、藺相如が文官であるにも関わらず高い地位を得たことに不満を抱き、藺相如を侮辱しようとしました。

藺相如は廉頗との争いを避け、病気と称して外出を控えました。ある時、部下からその理由を問われた藺相如は、「私が廉頗を恐れているのではない。趙と秦の均衡を保つためには、私と廉頗が争うべきではない。私が個人的な感情で争うことは、国家にとって不利益となる」と語りました。

この話を聞いた廉頗は深く感動し、自ら藺相如の屋敷を訪れ、謝罪しました。藺相如は廉頗を快く許し、二人はお互いのために首を刎ねられても悔いはないと誓い合いました。これが「刎頸の交わり」の故事です。

晩年

藺相如が病に倒れ、廉頗が老齢になると、秦は趙への侵攻を開始します。長平の戦いにおいて、藺相如は趙括が名声だけで実戦経験がないことを指摘し、廉頗の解任を止めるように進言しましたが、受け入れられませんでした。趙括は秦軍に大敗し、趙は衰退しました。

藺相如はその後病死しました。

評価

司馬遷は、『史記』の中で藺相如を文武両道、知勇兼備の将と賞賛しました。特に、和氏の璧を巡る交渉での彼の行動を「死に処することが難しい」と評し、その勇気と知恵を高く評価しました。

後世の逸話

藺相如の行動は後世にも語り継がれました。例えば、都の督軍が薛悌を名前で呼んで叱責した際、高堂隆は「昔、趙王が秦の琴を弾かされたとき、藺相如は秦王に缶を叩かせた」と諫め、主君を名前で呼ぶのは道義に反すると叱責しました。

関連項目

司馬相如 - 藺相如に憧れて改名したとされる人物。
藤原相如 - 同名の日本の平安時代の歌人。


藺相如は、その生涯を通して、知恵と勇気、そして国家への忠誠心を示しました。彼の物語は、現代においても、私たちに多くの教訓を与えてくれます。

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