虚舟

虚舟（うつろぶね）とは

虚舟（うつろぶね）は、「空穂船（うつぼぶね）」や「うつぼ舟」とも呼ばれ、日本の様々な地域に語り継がれている民俗伝承の一つです。これは、異様な形状をした舟が海や川に漂着し、しばしば謎めいた乗組員や物品が発見されるという物語を指します。

各地に残る記録と歴史的な広がり

虚舟の伝承は、特定の場所や時代に限られたものではありません。最も広く知られているのは、後述する享和3年（1803年）の常陸国（現在の茨城県）にまつわる出来事ですが、これ以前にも各地で記録が残されています。例えば、寛政8年（1796年）の加賀国（現在の石川県）、元禄12年（1699年）の尾張国（現在の愛知県）熱田沖、越後国（現在の新潟県）今町、正徳年間（1711年～1716年）の伊予国（現在の愛媛県）日振島、そして明治16年（1883年）には神戸沖での記録が存在します。これらの記録は、虚舟伝承が江戸時代を中心に広く流布していたことを示しています。

さらに古い時代の文献にも、虚舟に類する記述が見られます。世阿弥の『風姿花伝』には、秦河勝がうつぼ舟に乗って難波から坂越へ向かったという記述があります。また、『鸚鵡籠中記』の元禄12年（1699年）の条には、熱田に漂着した「空穂船」について記されていますが、この部分が後世に加筆された可能性も指摘されています。寛政8年（1796年）に加賀国に漂着した異国の小舟の記録は、柳原紀光の『閑窓自語』に残されています。

民俗学から見た虚舟

民俗学者の間でも、虚舟は興味深い研究対象となっています。折口信夫や柳田國男といった著名な研究者は、虚舟や類似する「かがみの舟」といった存在について考察を深めました。彼らの考えによれば、これらの舟は単なる乗り物ではなく、「たまのいれもの」、すなわち「神の乗り物」であると解釈されます。柳田國男は、かがみの舟が荒波を越えて来たと伝えられることから、潜水艇のようなものであった可能性に言及しています。また、折口信夫は、他界から来た神がこの世に姿を現すまでの間、一時的に身を置くための「いれもの」として、虚舟が独特の形状をしていると論じています。

虚舟の具体的な形状については、常陸国の事例に関する図版がよく知られていますが、それ以外の史料で詳細な形状が記述されているものはほとんどありません。わずかに「箱舟」と記された例が見られる程度です。

最も有名な常陸国の虚舟事例

虚舟伝承の中で、最も広く語り継がれているのが、享和3年（1803年）に常陸国に漂着したとされる一件です。この出来事は、江戸の文人たちの集まりである「兎園会」で語られた奇談の一つとして、曲亭馬琴が『兎園小説』（1825年刊行）に「虚舟の蛮女」という題で図版と共に収録したことで広く知られるようになりました。また、同じく兎園会会員であった屋代弘賢の『弘賢随筆』にも図版付きで記録されています。現在までに、この常陸国の事例に言及した史料は7つ確認されており、内容はわずかに異なる部分もあります。

『兎園小説』に記された内容は以下のようです。享和3年2月22日、常陸国はらやどり（現在の神栖市舎利浜）の浜辺沖に奇妙な舟らしきものが浮かんでいるのを浦人が発見し、小舟で浜に引き寄せました。舟は香盒のように丸く、長さは約5.5メートル。上部はガラスのような窓で、松脂（やに）で塗り固められ、底は鉄板が段々に張られた構造でした。船内には、後に錬金術記号との関連が指摘されることになる奇妙な文字が多数書かれていました。

舟の中には、図版に見られるような異様な姿の女性がいました。眉と髪は赤く、長く白い付け髪をしており、言葉は全く通じませんでした。彼女は二尺（約60cm）四方の箱を抱え、決して離そうとしませんでした。舟の中には、水2升ほどが入った瓶や、敷物、菓子、そして肉を練ったような食べ物が見つかりました。浦人たちがどうすべきか議論した結果、古老が「異国の王の娘が姦通した罰として、相手の男は処刑され、女はこの舟に乗せられて運命に任されたのだろう。あの箱にはその男の首が入っているのではないか。昔も同様の虚舟に乗せられた女性が近くに漂着したことがあったと聞いている」と語りました。役所に報告すれば費用がかかるということもあり、結局、女性を再び舟に乗せ、沖へ押し出して流してしまいました。当時、近くの浦賀沖に現れたイギリス船に書かれていた文字が似ていたという話や、『魯西亜聞見録』にあるロシア人の服装に関する記述などから、この女性がイギリスやベンガル、アメリカ、あるいはロシアの属国の王族の娘ではないかといった推測もされました。

この常陸国の事例については、近年新たな研究も進んでいます。2014年に発見された『伴家文書』により、『兎園小説』に記された漂着地「はらやどり」が、現在の神栖市波崎にある舎利浜である「常陸原舎り濱」であることが特定されました。また、柳田國男は『兎園小説』の記述を「駄法螺」としながらも、単なる作り話ではなく、人々が信じるだけの「何か基づく所」があったとし、常陸国豊良浦に伝わる金色姫伝説との関連を指摘しています。舟内の文字については、佐藤秀樹氏が錬金術記号である可能性を指摘し、特に一文字が「銅サフラン」を示す記号と一致することなどを説明しています。佐藤氏はさらに、常陸国の虚舟伝承が、元々あった金色姫伝説に、現実の唐船漂着や文化露寇（ロシアの攻撃）といった出来事、ロシアの大将が女性であるという風聞などが複合的に影響し合って形成された可能性や、舟の形状が西洋船を真後ろから見た形に基づいている可能性を示唆しています。

現代における解釈：UFO事件説

現代において、常陸国の虚舟事例は、一部で「江戸時代のUFO飛来事件」や「日本のロズウェル事件」として取り上げられることがあります。これは、舟の異様な形状や漂着した女性の出自不明性、舟内の謎の文字といった要素が、現代の未確認飛行物体（UFO）や宇宙人に関する物語と類似していると見なされるためです。

こうした現代的な解釈に対し、学術的な検証も行われています。例えば、岐阜大学名誉教授の田中嘉津夫氏は、伴家の古文書から虚舟に関する史料を調査し、漂着地の具体的な地名が記されていることから、伝承に一定の具体性があるとする論説を発表し、メディアでも取り上げられました。また、「水戸文書」と呼ばれる別の記録には、円盤型の乗り物の周囲に謎の文字があったとされており、ロズウェル事件で回収されたとされる飛行体に謎の象形文字があったという証言との類似性から、オカルト愛好家や海外のUFO研究家の間で話題となっています。

対馬に伝わる類似の物語

対馬（現在の長崎県）にも、虚舟やそれに近い伝承が数多く残されています。例えば、対馬市久原では、流れ着いた朝鮮王族の姫から財宝を奪った者が祟りを受け、村が滅んだという話が伝わります。近くの女連では、朝鮮出兵時に連れてこられた、あるいは罪を犯して流されたとされる朝鮮王女の墓と伝えられるものがあります。上対馬町の三宇田には、「はなみごぜ（花宮御前）」という高貴な女性が財物と共に流れ着き、村人に殺されて財物を奪われたが、その後村は祟りで廃村になったという伝承があり、この女性は黒田藩のキリシタンだったという別の伝説も存在します。豆酘には、高皇産霊尊（たかみむすびのみこと）とされる霊石がうつぼ舟に乗って流れ着き、神として祀られたという伝承があり、現在も多久頭魂神社内に祀られています。さらに、天道法師の母とされる女性が、都で罪を犯して懐妊し、対馬に流されてきた女官だったという話や、豊玉町貝口に高貴な姫とその侍女、宝物が流れ着き、住人が殺して奪ったという伝承など、高貴な女性や神、財宝といった要素が漂着物語と結びついた多様な伝承が確認されています。

文化への影響

虚舟伝承は、現代においても多くの人々を魅了し続けています。茨城県鉾田市の大竹海岸には、虚舟を模したモニュメントが設置されているなど、地域おこしにも活用されています。また、小説、漫画、ゲーム、アニメといった様々なフィクション作品の題材としても取り上げられ、形を変えながら語り継がれています。

虚舟は、日本の民俗伝承、歴史、そして現代の超常現象論まで、多岐にわたる分野で人々の関心を引きつけている謎めいた存在と言えるでしょう。

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