衝動殺人 息子よ

1979年（昭和54年）に公開された映画『衝動殺人 息子よ』は、1978年に雑誌『中央公論』に連載された佐藤秀郎による同名の長編ノンフィクションを原作としています。製作は松竹とTBS、監督は木下惠介が務め、主演には若山富三郎と高峰秀子が配されました。この作品で若山富三郎はキネマ旬報主演男優賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクール、日本アカデミー賞など、数多くの映画賞で主演男優賞を受賞し、また高峰秀子はこの映画を最後に40年以上にわたる女優業から引退しました。単なる感動作に留まらず、本作が世論を動かし、犯罪被害者給付金制度という日本の公的な制度の成立に貢献したとも言われています。

物語は、京浜工業地帯で小さな町工場を営む川瀬周三とその家族を中心に展開します。溶接作業で視力を酷使してきた周三に代わり、26歳の一人息子である武志は勤めていた自動車工場を辞め、父の工場を継ぐ決意をします。将来への希望が見え始めた矢先、ある夜、友人と釣り堀からの帰り道で、武志は突然通り魔に襲われ、刃物で深く傷つけられます。「仇はとってくれよ」という最後の言葉を父に残し、武志は周三の腕の中で静かに息を引き取ります。

息子を襲った不可解な凶行に、周囲は大きな衝撃を受けます。やがて犯人は、家族に付き添われて警察に出頭します。犯人はまだ若い少年でした。彼の犯行動機は、暴力団員に「何か大きなことをやれ」とけしかけられ、誰でも良いから殺そうと思ったという、あまりにも理不尽なものでした。警察は少年を唆したとされる暴力団関係者を呼び出しますが、彼らは「組に入る条件として何か大きなことをさせようとしただけで、人殺しを指示したわけではない」と責任を回避します。証拠もなく、警察はそれ以上の追及を断念せざるを得ませんでした。

息子を非業の死で奪われた周三は、その理不尽さに深い精神的な打撃を受けます。工場の経営を放り出し、食事もろくにとらずに寝込む日々の後、彼はただひたすら武志の墓に通い詰めるようになります。そんな周三のもとへ、事件を取材していた新聞記者の松崎が訪れ、横浜地裁で始まる公判を傍聴することを勧めます。妻と甥と共に地裁へ赴いた周三は、法廷で被告である少年を目にした瞬間、隠し持っていた包丁を取り出し、彼に襲いかかろうとします。しかし、間一髪で妻と甥に止められ、甥から「伯父さんまで殺人犯になってはいけない」と諭されます。犯人の少年は複雑な家庭環境で育ち、それが彼を不良の道へと向かわせ、暴力団の影響を受けて犯行に至ったようでした。法廷には国選弁護人が付き添うのみで、傍聴席に被告の家族の姿はありませんでした。そして下された判決は、懲役五年から十年の不定期刑。周三は、あまりにも刑が軽すぎると憤りますが、判決理由は未成年であることや諸般の事情を考慮し、更生の余地があると判断されたからでした。

「息子は殺され損ではないのか」と感じた周三は、役所の無料法律相談を訪れます。そこで彼は、現在の日本の法制度において、犯罪被害者が公的な補償を受けられるのは、捜査協力や裁判での証言などが原因で命を狙われた場合など、「国への協力によって受けた被害」に限られるという冷たい現実を知らされます。あまりにも不平等だと感じた周三は、法律そのものが間違っているのではないかと疑問を抱き、その日から法律の専門書を買い集め、独学で法律の勉強を始めます。

さらに周三は、松崎記者の紹介で、自分と同様に子供を通り魔に殺害されたという中沢という人物と会います。中沢氏の娘を襲った犯人もまた、「むしゃくしゃして誰でも良いから殺そうと思った」と供述しており、周三は息子の事件との共通点を感じます。しかし、中沢氏には他にも息子がいると聞いた周三は、「跡取りの一人息子を亡くした自分よりはまだマシだ」というような失言をしてしまい、中沢氏を深く傷つけます。自身の悲しみばかりに囚われていたことを反省した周三は、もっと多くの犯罪被害者の遺族と会い、その実態を幅広く知ることを決意します。

周三は工場の売却で得た資金を元に、全国を旅して何年もの歳月をかけ、多くの被害者遺族と面会します。そこで彼は、家族を亡くした悲しみだけでなく、働き手を失ったことによる経済的な困窮に直面している遺族が少なくないことを知ります。やがて彼は、犯罪学を研究する大学教授の中谷と出会い、犯罪被害者とその遺族に対して国が補償を行うべきだという持論を聞き、強く共鳴します。周三は、出会った犯罪被害者遺族たちに協力を呼びかけ、制度創設への賛同署名を集め、その請願書を国会に提出する活動を始めます。

この頃には、周三は緑内障の進行により視力が著しく悪化しており、医師からは失明は避けられないと告げられます。それでも周三は、妻の手を借りながら、請願活動を続けます。そして、マスコミを通じて世論に訴えかけ、国会で証言を行った周三の情熱は、ついに政府を動かすことになります。しかし、その直後、周三は心筋梗塞で倒れ、武志が亡くなったのと同じ病院で、波乱に満ちた66年の生涯を閉じます。

映画『衝動殺人 息子よ』は、一人の父親が最愛の息子を奪われた悲しみから立ち上がり、理不尽な現実と闘い、社会の不備を正そうと尽力する姿を描いています。若山富三郎、高峰秀子らの名演が光る本作は、多くの観客に深い感動を与えただけでなく、犯罪被害者等給付金制度の設立という、日本の社会制度に具体的な影響を与えた極めて重要な作品として、今なお語り継がれています。

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