襲の色目

襲の色目：平安時代の美意識を彩る重ねの色合いの世界

平安時代の女性たちは、何層にも重ね着する十二単衣という豪華な衣装を身に着けていました。その際、衣の表と裏、そして重ねる順番によって生まれる奥深い色合いの組み合わせが「襲の色目（かさねのいろめ）」です。薄い絹を重ねることで、表と裏の色の調和が絶妙に混ざり合い、独特の美しい色調を生み出していました。

色と重ね方のルール

襲の色目は、単衣（ひとえ）の色を基調に、さらに複数の袿（うちき）を重ねて構成されます。それぞれの衣の表と裏の色、そして重ねる順番によって、季節や場面に合わせた微妙な色合いの変化を表現しました。

例えば、最も基本的な組み合わせとして、表地の最も外側に来る衣から順に色を表記し、最後に単衣の色が記されます。

基本色

襲の色目には、いくつかの基本色がありました。

青: 古代から中世にかけての青は、現代の青とは異なり、やや緑がかった色合いでした。藍染めをベースに、キハダなどの植物で下染めをすることで、独特の色合いが生まれていました。現代の青に相当する色は「縹（はなだ）」と呼ばれていました。
蘇芳（すおう）: 熱帯植物スオウから採取した染料で染めた色です。濃淡によって、黒っぽい赤紫から鮮やかな赤紫、紫がかったピンクまで、幅広い色合いがありました。「濃蘇芳」「蘇芳」「淡蘇芳」の3段階の濃淡が用いられていました。
萌黄（もえぎ）: 黄緑色で、若々しい印象の色として好まれました。重ねの色目の中でも、萌黄を用いたものは、若者向けの装いであることが多かったようです。
紅梅（こうばい）: 平安時代には、紅梅の花のような、やや紫がかった濃いピンクを指していたと考えられています。
朽葉（くちば）: 枯れ葉の色を意味する言葉ですが、平安時代には赤みがかった鮮やかな黄色を表していました。

季節と儀式に合わせた色目

襲の色目は、季節や儀式、着用者の身分などによって、様々なバリエーションがありました。

四季通用・儀式用

四季を通じて、または儀式などで用いられた色目には、次のようなものがあります。

裏濃蘇芳: 蘇芳を基調とした、深みのある色合いです。
蘇芳の匂い: 濃淡様々な蘇芳の色でグラデーションを表現した色目です。
松重ね: 松の葉と幹をイメージした、黄緑と赤紫の組み合わせです。
紅の匂い: 紅色の濃淡による、繊細なグラデーションです。
紅の薄様: 紅色から白へのグラデーションが特徴的です。
紅梅の匂い: 紅梅色を中心とした、落ち着いた色合いです。
萌黄の匂い: 萌黄色を中心とした、明るく爽やかな色合いです。
淡萌黄: 淡い青緑を基調とした、清々しい色合いです。
柳: 白を基調とした、清楚な色合いです。

秋～冬の色目

10月1日からは、衣の中に綿を入れた「練衣（ねりごろも）」を着るようになりました。秋から冬にかけては、紅葉をイメージした色目が用いられました。

白菊: 白を基調に、蘇芳を用いた、気品のある色合いです。
黄菊: 蘇芳と黄色の組み合わせです。
紅紅葉: 紅色と黄色の組み合わせで紅葉を表しています。
櫨紅葉: ハゼノキの紅葉をイメージした色目です。
青紅葉: 青緑から紅色へのグラデーションです。
楓紅葉: カエデの紅葉を表した色合いです。
捩り紅葉: 表裏の色を逆に組み合わせた、独特の色目です。

春の色目

5月頃からは、春の訪れを告げる色合いの襲の色目が用いられました。

紫の匂い: 紫色の濃淡による、上品な色合いです。
紫の薄様: 紫から白へのグラデーションです。
裏陪紅梅: 裏地が表地より濃い紅梅色です。
山吹の匂い: 山吹色の濃淡です。
裏山吹: 山吹色を反転させた色目です。
花山吹: 淡い黄色の色目です。
梅染め: 白を基調にした、清楚な色目です。
梅重ね: 紅梅色と白を基調とした色目です。
雪の下: 雪の下に咲く紅梅をイメージした色目です。
紫村濃: 紫と青の組み合わせです。
二つ色: 二つの色を組み合わせた色目です。
色々: 様々な色を組み合わせた、華やかな色目です。

夏の色目

4月頃からは、薄衣を着るようになりました。夏には、涼しげな色合いの襲の色目が用いられました。

菖蒲: ショウブの葉と根の色を表した色目です。
若菖蒲: 若々しい菖蒲をイメージした色目です。
藤: 藤の花をイメージした色目です。
躑躅: ツツジの花をイメージした色目です。
花橘: 花橘の花をイメージした色目です。
卯花: ウノハナの花をイメージした色目です。
撫子: ナデシコの花をイメージした色目です。
白撫子: 白を基調とした撫子の色目です。
牡丹: 牡丹の花をイメージした色目です。
若楓: 夏の若葉をイメージした色目です。
餅躑躅: モチツツジの花をイメージした色目です。
杜若: カキツバタの花をイメージした色目です。
芒: ススキをイメージした色目です。
女郎花: オミナエシの花をイメージした色目です。

現代における応用

襲の色目は、現代でもその美しさから高く評価されており、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会のコアグラフィックスにも採用されました。日本の伝統色を現代風にアレンジしたデザインは、多くの注目を集めました。

参考文献

足田輝一編『有識故実大辞典』吉川弘文館、1996年
太田耕嗣監修『千年の色』太田工芸、2005年
長崎盛輝『譜説かさねの色目配彩考』京都書院、1987年
松本宗久『日本色彩大鑑』河出書房新社、1993年
前田千寸『日本色彩文化史』岩波書店、1983年
長崎盛輝『かさねの色目』京都書院、1988年
日本和装教育協会編『時代衣裳の着つけ』源流社、2007年
* 仙石宗久『十二単のはなし』婦女界出版社、1995年

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