説文解字

『説文解字』：中国最古の漢字字典とその歴史的意義

『説文解字』は、中国に残る最古の漢字字典として知られています。後漢の学者、許慎（きょしん）によって編纂され、約9000字もの漢字について、その成り立ちや本来の意味を詳細に解説した画期的な書物です。略称は『説文』。

革新的なアプローチ

それ以前にも、李斯の『倉頡篇』や史游の『急就篇』といった実用的な識字教科書が存在していましたが、『説文解字』は漢字を客観的な研究対象として捉え、体系的に考察した初めての試みと言えるでしょう。文字の成り立ちを説明する際に用いられた「六書」の分類法や、部首を用いた分類体系は、後の字典編纂に多大な影響を与えました。特に部首による分類は、膨大な漢字を効率的に検索・整理する上で非常に有効な方法でした。

『説文解字』成立の背景：時代的・学術的コンテキスト

『説文解字』の成立背景には、当時の社会情勢と学術状況が深く関わっています。秦の始皇帝による焚書坑儒の政策により、多くの経書が失われた後、前漢において経書の復古と解釈をめぐる論争が激化していました。「今文」と「古文」と呼ばれる異なる経書の解釈が対立し、儒学の分裂をも招いていたのです。許慎はこうした混乱を解消するため、まず『五経異義』を著し、古文と今文の解釈を統合しようとしていました。『説文解字』も、経書の正確な理解のためには、まず文字の正しい意味を理解することが不可欠であるという考えに基づいて編纂されたのです。

作者許慎：博学多才な学者

許慎は温厚で誠実な人柄と、五経に通じた博学で知られていました。「五経無双許叔重」と称されるほどでした。官吏としての経歴も持ち、中央官界で活躍した後、地方長官を務めています。こうした経験も、彼の学問に幅を与えたと考えられます。

『説文解字』の内容：六書と部首法

『説文解字』の中心となるのは、各漢字の小篆による字形を示し、その意味と成り立ちを説明する記述です。説明には「六書」と呼ばれる造字方法（象形、指事、会意、形声、転注、仮借）が用いられ、古文や籀文といった異体字も紹介されています。また、字音や経書の用例、方言など、多角的な情報を網羅的に記述している点も特徴です。

それぞれの漢字は、部首と呼ばれる共通の構成要素によって分類されています。全部で540の部首が設定されており、陰陽五行思想に基づいた数であるという説もあります。部首の配列には、字形の類似性に加え、意味的な関連性も考慮されていると推測されていますが、その詳細な意図については未だ議論が続いています。

現代からの評価：新たな知見と歴史的意義

現在では、甲骨文や金文などの古代文字資料の発掘により、『説文解字』の解説が修正を要する部分も見られます。しかしながら、『説文解字』が小篆を基礎に漢字の成り立ちを体系的に解明しようとした最初の試みであるという歴史的事実は、揺るぎないものです。その功績は、後世の漢字研究に多大な影響を与え、現代においても高く評価されています。

主要なテキストと注釈

許慎の原典は現存せず、様々な写本や注釈書が後世に伝えられています。主なものとして、徐鍇（小徐本）と徐鉉（大徐本）による校訂本、そして段玉裁による『説文解字注』（段注本）などがあります。段注本は、本義に加え、引伸義や仮借義なども解説し、漢字研究の深化に貢献しました。他にも桂馥、朱駿声、丁福保、白川静といった多くの学者が注釈や研究を行い、『説文解字』の理解を深めてきました。

『説文解字』は、単なる辞書ではなく、中国の文字文化史を理解する上で欠かせない重要な文献です。その歴史的意義は、現代においてもなお輝き続けています。

もう一度検索