象潟

象潟（きさかた）とは

秋田県にかほ市象潟地域に位置する、かつて潟湖（入り江）であった地形です。その美しさから「東の松島、西の象潟」と並び称される景勝地として知られていました。現在は陸地となっていますが、かつては島々が浮かぶ風光明媚な場所でした。国の天然記念物であり、鳥海国定公園の一部、さらには「おくのほそ道」の風景地として国の名勝にも指定されています。

象潟の地理と成立

象潟の島々は、鳥海山の山体崩壊によって流れ出した土砂が日本海に流れ込み形成された流れ山地形です。この山体崩壊で約60億トンもの土砂が流出し、森の木々が地中に埋もれ「埋れ木」となりました。埋れ木の年輪年代測定により、この山体崩壊が紀元前466年頃に起こったことが判明しています。この土砂流出によって、白雪川流域を中心に大規模な流れ山地形が形成され、現在の象潟の景観が形作られました。

潟湖は、日本海からの波によって象潟の土砂が侵食され、入り江が形成された後に、島々を囲むように砂州が発達して誕生しました。島々には木々が生い茂り、美しい景観を作り出していました。また、地震による地盤沈降で潟湖が形成されたという説もありますが、詳細は不明です。かつての象潟は、水深が浅く、十三湖と同様にシジミの特産地でした。

歴史

古代から近世まで

古代より象潟は、景勝地として多くの歌に詠まれてきました。島々は「九十九島」、潟は「八十八潟」と称され、『古今和歌集』や『新古今和歌集』にもその風景を詠んだ歌が収録されています。能因や西行といった文化人もこの地を訪れ、和歌を詠んでいます。特に西行は「象潟の 桜は波にうづもれて 花の上漕ぐ あまの釣り舟」という歌を残しています。浄土真宗の開祖である親鸞も訪れたという伝承があり、蚶満寺には「親鸞上人腰掛の石」が残されています。

近世になると、松尾芭蕉をはじめとする多くの俳人が象潟を訪れました。芭蕉は『おくのほそ道』の中で、象潟を「憾（うら）むが如し」と評し、「象潟や 雨に西施が 合歓（ねぶ）の花」という句を詠んでいます。当時の象潟では、船で島を巡り、シジミを肴に酒を飲み、和歌や俳句を楽しむのが風流な遊びとされていました。中には遊女を連れて豪遊する者もいたようです。

象潟湖の陸地化

18世紀に入ると、流入河川による土砂の堆積や湿性遷移によって、象潟湖の陸地化が急速に進みました。湖の干上がった部分は農地へと変えられ、島も崩されていきました。このため、かつての風流な遊びも困難になっていきました。本荘藩は、象潟の景観維持のため、蚶満寺に管理を命じ、植林を奨励しましたが、陸地化を食い止めることはできませんでした。中山高陽や菅江真澄、古川古松軒といった文化人がこの地を訪れ、その様子を記録に残していますが、当時の象潟は景観が失われつつありました。

象潟地震と象潟湖の消滅

文化元年（1804年）に発生した象潟地震により、地盤が隆起し、象潟湖は完全に干上がって消滅しました。当時の人々は地盤の隆起を理解できず、泥が湧き出して湖が埋まったものと認識していました。この地震により、象潟の景観は一変しました。

覚林による象潟保存運動

本荘藩は、地震で干上がった象潟を新田開発しようとしましたが、蚶満寺の住職である覚林が、景観保護を訴えて反対運動を起こしました。覚林は、閑院宮家を頼り、蚶満寺を祈願所としました。しかし、本荘藩は覚林を寺に押し込め、反対運動を抑えつけました。それでも、覚林と閑院宮家の運動により、かつての湖域は開拓されたものの、島々は残されることになりました。

その後の象潟

現在、象潟には約60の島々が水田地帯に点在しており、九十九島と呼ばれています。蚶満寺境内からは、遊歩道が整備され、島々を巡ることができます。特に田植えの時期には、水田に水が張られ、往時の潟湖を彷彿とさせる美しい風景が広がります。道の駅象潟の展望台からは、この九十九島を一望できます。また、象潟郷土資料館では、埋れ木や往時の象潟の模型が展示されています。

松浦清と象潟

肥前国平戸藩主の松浦清は、本荘藩主の六郷政速と交流があり、象潟図屏風を見てその美しさに感嘆しました。しかし、象潟地震で象潟が陸地化したことを知ると、景観の損失を残念に思いながらも、新田開発による増収を肯定的に捉えました。これは、当時の一般的な価値観として、景観の保全よりも開拓による利益を優先する考え方があったことを示しています。

まとめ

象潟は、かつては美しい潟湖でしたが、地震と人間の開発によってその姿を変えてきました。しかし、その歴史や文化は今も大切に受け継がれており、その変遷を辿ることで、自然と人間の関わりについて深く考えるきっかけを与えてくれます。

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