蚶満寺

蚶満寺（かんまんじ）

秋田県にかほ市にある曹洞宗の寺院、蚶満寺は、皇宮山を山号とし、釈迦牟尼仏を本尊としています。古くから多くの文人墨客が訪れた名刹として知られ、特に元禄2年（1689年）には松尾芭蕉が訪れ、その紀行文『奥の細道』に紹介されたことで有名です。

歴史

開創

蚶満寺の開創は、仁寿3年（853年）に天台座主円仁（慈覚大師）によって行われたと伝えられています。当時、蚶方（きさかた）の美しい景観と神功皇后の伝説に魅せられた円仁が、この地を風水で占い、皇后山干満珠寺と名付けたと言われています。

神功皇后の伝説によると、三韓征伐からの帰路、大シケに遭った神功皇后が象潟沖に漂着。小浜宿禰に助けられ、鰐淵の入江に導かれた後、近くの清浄な場所で皇子（後の応神天皇）を無事出産したとされています。この伝承から、寺の名前は皇后が持っていたとされる干珠と満珠に由来すると言われています。ただし、異説として、真言宗に転じた際に、不動明王の真言の一部である「カンマン」という梵語から寺号が起こったという説も存在します。

中世

正嘉元年（1257年）8月には、鎌倉幕府5代執権の北条時頼が象潟を訪れ、この地を「四霊の地」と定め、20町歩の寺領を寄進し、寺の再興を図りました。

近世

天正15年（1587年）、地元の金又左衛門らの懇願により、松ヶ崎（現在の由利本荘市）の光禅寺九世栄林示幸が、光禅寺の開山直翁呈機を勧請し、蚶満寺は曹洞宗に改められました。江戸時代には、仁賀保院内の禅林寺との間で本末争論が起こりましたが、元禄9年（1696年）に加賀大乗寺の預かり末寺となることで解決しました。江戸時代の蚶満寺は、十五世の無学絶宗の時代に僧堂が開かれ、多くの名僧を輩出し、曹洞宗の叢林として「羽海法窟」の名を全国に広めました。

文化の大地震と蚶満寺

象潟はかつて「九十九島、八十八潟」と称され、松島のように美しい入り江でしたが、文化元年（1804年）の大地震（象潟地震）により干潟に変わりました。この土地問題に対し、当時の住職であった二十四世全栄覚林は、九十九島の保存を主張し、蚶満寺を閑院宮家の祈願所とすることで朝廷の権威を背景に開発反対運動を展開しました。しかし、覚林は文政元年（1818年）に江戸で捕らえられ、1822年に獄死しました。その後も二十八世の活山が寺の再興に尽力しました。

『奥の細道』最北の地

元禄2年6月、俳聖松尾芭蕉が蚶満寺を訪れ、『奥の細道』の中で、当時の象潟の景観を「九十九島」と称え、その美しさを絶賛しました。芭蕉は、雨に煙る象潟を西施にたとえ、「象潟や雨に西施がねぶの花」と詠みました。また、松島の景観とも比較し、この地を「干満珠寺」として紹介しました。この句が縁となり、にかほ市は西施の故郷である中国浙江省諸曁市と姉妹都市提携を結んでいます。

司馬遼太郎と蚶満寺

作家の司馬遼太郎は、紀行集『街道をゆく』の中で、旧友に会うために蚶満寺を訪れ、「実にいい寺だ」と評しています。また、「蚶満寺」の名前の由来について、「象潟」が古くは「蚶方」とも表記されたことから、「方」が「万」に変わり、「かんまん」と音読みしたのではないかと考察しています。

境内

山門

木造切妻造瓦葺の八脚門で、年代は不明ですが江戸中期の建立と推定されています。矢島藩生駒氏の寄進とされる金剛力士（仁王）像が安置されており、瓦には閑院宮家祈願所となったことを示す菊の紋章が用いられています。

袖掛地蔵堂

木造宝形造瓦葺の建物で、江戸中期以前の建立と推定されています。

親鸞聖人腰掛の石

肥前島原の西方寺にあったとされる親鸞聖人が腰掛けた石です。安永6年（1777年）に切支丹の変を避けるために信者が蝦夷地に輸送する途中、シケにあい、象潟に陸揚げされ、ここに納められたと伝えられています。

その他

境内には、猿丸太夫姿見の井戸（七不思議「姿見の井戸」）、西行法師の歌桜、菅秀才の梅、北条時頼の躑躅（七不思議「咲かずのツツジ」）、芭蕉の句碑、夜泣きの椿（七不思議）などがあります。また、象潟出身で松島瑞巌寺の尼僧となった貞女紅蓮尼の碑、三聖堂、文化の大地震で亡くなった人々を供養するための6基の地震供養地蔵尊などがあります。

文化財

蚶満寺には、以下のような文化財が所蔵されています。

山門（1971年指定・市の建造物）
旅客集・十一巻（1971年指定・市の書跡）
芭蕉の書軸
象潟古景図…牧野雪僊が祖父永昌の 象潟図屏風 を模写したもの。
狩野探幽「童形文殊菩薩画像」…秋田県指定重要有形文化財。江戸寛永寺にあったものと推定。
蚶満寺への寄付状と殺生禁断の布告の北条時頼の墨付一巻
閑院宮家の墨付一巻（1971年指定・市の書跡）

蚶満寺七不思議

蚶満寺には、以下の七不思議が伝えられています。

弘法投杉
夜泣き椿
あがらずの沢
咲かずのツツジ
木登り地蔵
姿見の井戸
血脈授与の木

これらの歴史と文化が息づく蚶満寺は、訪れる人々に深い感動を与える場所です。

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