近藤富蔵

近藤富蔵：流刑の地で文化を紡いだ民俗学者

近藤富蔵（1805年 - 1887年）は、江戸時代後期から明治にかけての人物で、民俗学者として名を残しました。父は千島・択捉島を探検した近藤重蔵であり、旗本の家に生まれましたが、富蔵の人生は波乱に満ちたものでした。

生涯

富蔵は江戸で生まれましたが、若年期から素行に問題があったと伝えられています。父・重蔵は現在の東京都目黒区中目黒に広大な遊地を所有しており、富士講の信者の依頼で富士塚（目黒富士）を築造しました。この新富士は近藤富士、東富士とも呼ばれ、多くの参詣客で賑わいました。

鎗ヶ崎事件と流刑

富蔵は父から新富士の管理を任されていましたが、露店を経営する町人・塚原半之助との間で家賃をめぐる争いが起こります。文政9年（1826年）、この争いが原因で、富蔵は塚原とその家族7名を殺傷するという凄惨な事件を起こしてしまいます（鎗ヶ崎事件）。その罪により、富蔵は伊豆諸島の八丈島への流刑を宣告され、近藤家は改易となりました。

八丈島での流人生活と『八丈実記』

文政10年（1827年）から八丈島での流人生活が始まりましたが、富蔵はそこでただ時間を過ごすのではなく、『八丈実記』の執筆という偉業を成し遂げました。全72巻に及ぶこの大著は、八丈島の地理、歴史、文化、風俗、人物などを詳細に記録したもので、島の百科事典とも称される貴重な資料です。また、富蔵は島民に寺子屋で読み書きを教えたり、島の有力者の娘を妻に迎え、子をもうけたりするなど、島の人々との交流も深めました。

赦免と晩年

明治維新後、明治政府は流刑などの追放刑の執行を停止しましたが、富蔵はすぐには恩赦を受けることができませんでした。明治11年（1878年）に八丈島に赴任した東京府の役人が『八丈実記』の価値を認め、その尽力により明治13年（1880年）にようやく赦免されました。53年間の流人生活に終止符を打った富蔵は、一時本土に戻り、親戚への挨拶や父の墓参りを済ませた後、再び八丈島に戻り、一観音堂の堂守として生涯を終えました。墓は開善院善光寺にあり、東京都指定史跡となっています。

『八丈実記』とその評価

『八丈実記』は、1964年から1976年にかけて緑地社から活字本として刊行され、緑地社社長の小林秀雄はその功績で菊池寛賞を受賞しました。柳田國男は富蔵を「日本における民俗学者の草分け」と評しており、その功績は高く評価されています。また、井伏鱒二は『八丈実記』の一部を参考に『青ヶ島大概記』を執筆し、これも高い評価を受けました。

近藤富蔵は、罪を犯し流刑に処された人物ではありましたが、その才能と努力によって、八丈島の文化を後世に伝える貴重な資料を残しました。彼の波乱に満ちた人生と、その中で培われた知識、そしてそれを記録に残そうとした情熱は、私たちに多くのことを教えてくれます。

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