逆クエン酸回路

逆クエン酸回路（ぎゃくクエンさんかいろ）

概要

逆クエン酸回路は、特定の細菌に備わる重要な代謝経路の一つであり、二酸化炭素（CO₂）と水といった単純な無機物から、生命活動に必要な多様な有機化合物を自ら作り出す能力（炭素固定）を担っています。この経路は、逆クレブス回路や逆TCA回路とも呼ばれ、広く知られる好気呼吸の主要経路であるクエン酸回路（TCA回路）の反応を文字通り逆方向に進行させることで、物質合成を行います。

クエン酸回路との対比

クエン酸回路が、糖などの複雑な有機物を段階的に酸化分解し、最終的に二酸化炭素と水に変えながらエネルギー（ATP）や還元力（NADH, FADH₂）を生み出す異化代謝の経路であるのに対し、逆クエン酸回路は、二酸化炭素を取り込み、それを用いて有機物を合成する同化代謝の経路です。つまり、物質の分解を主とするクエン酸回路に対して、逆クエン酸回路は物質の合成を主目的として機能します。

生物における機能

逆クエン酸回路を利用する生物は、主に特定の嫌気性細菌や微好気性細菌です。これらの細菌は、光合成を行う生物が利用する還元的ペントースリン酸化回路（カルビン回路）とは異なるメカニズムで炭素固定を行います。有機物合成のための還元力やエネルギーは、水素（H₂）、硫化物（H₂S）、チオ硫酸塩（S₂O₃²⁻）などを電子供与体として得る化学合成独立栄養の形で供給されることが多く、多様な環境に生息する微生物の生存戦略を支えています。

生命の起源との関連

逆クエン酸回路は、初期地球環境における生命誕生のメカニズムを探る上で、近年特に注目を集めています。原始地球には豊富なCO₂や水、硫化物などが存在したと考えられており、このような環境下で無機物から有機物が生成される経路として、逆クエン酸回路が有力視されています。いくつかの段階の反応が、特定の鉱物によって触媒される可能性も指摘されており、生命がどのようにして無機物から自己複製可能なシステムへと進化していったのかを理解する手がかりとなる可能性があります。

近年の研究成果

2019年には、東京工業大学や海洋研究開発機構などの共同研究グループが、初期地球の海水を模した環境下で、海底熱水噴出孔周辺に発生する微弱な電流が、逆クエン酸回路に関わる反応を促進する触媒を生成することを実験的に示しました。

この研究では、地球形成初期にはマントルの温度が高く、現在の約10倍も熱水活動が活発であったと推測される状況を想定しました。その結果、海底熱水噴出孔周辺で生じる電流が硫化金属を還元し、逆クエン酸回路の進行を助ける硫化鉄-金属鉄複合体という触媒が生成されることを発見しました。

驚くべきことに、この触媒は、現在の海底熱水環境でも観測される程度の低い電位（対標準電極電位-0.7V程度）でも生成し、単独ではほとんど進行しないオキサロ酢酸からリンゴ酸への還元反応を、40%という収率で効率的に触媒することが判明しました。さらに、逆クエン酸回路の中間生成物であるピルビン酸やα-ケトグルタル酸にアンモニアが付加されることでアミノ酸（それぞれアラニン、グルタミン酸）が合成される反応も、この触媒によって90%を超える高い収率で進行することが明らかになりました。これらの結果は、初期地球において、このような熱水環境下で逆クエン酸回路に関連する反応が広範に進行し、生命の材料となる基本的な有機物が豊富に蓄積された可能性を強く示唆しています。

まとめ

逆クエン酸回路は、無機物から有機物を作り出す原始的な炭素固定経路であり、特定の微生物の生存を支えるだけでなく、地球における生命の始まりとその進化を考える上で極めて重要な意味を持つ代謝経路として研究が進められています。

逆クエン酸回路