那珂通高

江戸時代後期の盛岡藩に仕えた儒学者、那珂通高（なかみちたか）。その生涯は波乱に富み、幕末から明治維新にかけて激動の時代を駆け抜けました。字は蘇陰と称し、はじめは五郎、のちに通称からとった梧楼を号としました。旧姓は江帾（えばた）で、那珂通世は彼の養子にあたります。

生い立ちと初期

通高は、盛岡藩の藩医であった江帾道俊の次男として生を受けました。父道俊は、もとは久保田藩大館におりましたが、盛岡藩に仕えるにあたり移住し、姓も改めたと伝えられています。弘化元年（1845年）に父を亡くした後、その年に藩主南部利済の近習となりましたが、わずか一年で藩を離れ、江戸へと向かいました。

脱藩と遊学、そして尊王論

江戸に出た通高は、安積艮斎や東条一堂といった著名な儒学者に師事し、儒学はもとより、日本の歴史や仏教の教え、さらには槍術にも深く通じることとなります。学問への飽くなき探求心からか、彼はさらに各地を放浪し、大和国で森田節斎に、安芸国では坂井虎山に師事しました。特に坂井虎山のもとでは、当時交流のあった吉田松陰や来原良蔵といった志士たちと知り合い、彼らとの思想交流を通じて、朝廷を尊び国を憂う尊王論へと強く傾倒していきます。

兄の悲劇と仇討ち計画

嘉永二年（1849年）、故郷盛岡藩で兄である江帾春庵が藩内の政争に巻き込まれて殺害され、さらに家禄まで没収されたという悲報を受けます。この粛清を主導したとされる田鎖左膳への強い憤りから、通高は暗殺計画を企て、かつての交流から吉田松陰に協力を求めました。この時、彼は「那珂弥八郎」という偽名を名乗ったと記録されています。しかし、計画実行を待たずして、四年後には田鎖左膳が失脚したため、この仇討ち計画は幻と終わります。後に、兄殺害の真相が明らかになり、兄の子、つまり通高の甥にあたる者に家禄が戻されました。

藩への帰還と明治への奉仕

安政六年（1859年）、長い脱藩生活を経て、盛岡藩への帰参が許されました。儒官として藩に再び仕えることとなり、藩士の子弟教育に当たったと考えられます。この時期、那珂通世を養子に迎え、自身もかつて偽名で用いた「那珂」姓に改めました。

幕末の動乱を経て戊辰戦争が勃発すると、通高は盛岡藩が奥羽越列藩同盟に参加することを強く支持した藩の指導層の一人となります。しかし、同盟軍の敗北により、戦後、その責任を問われることとなります。楢山佐渡や佐々木直作といった他の中心人物と共に、身柄を拘束され、幽閉される憂き目に遭いました。

維新後、やがて明治政府に招請され、大蔵省や文部省に出仕しました。ここでは、日本の古典や歴史に関する一大事業である「古事類苑」の編纂、さらには近代的な初等教育の教科書となる「小学読本」の作成にも携わるなど、政府の文教政策において重要な役割を果たしました。渋沢栄一、木戸孝允、陸奥宗光といった明治を代表する要人たちとも親交を結んでいましたが、一方で、新政府に批判的な不平士族や、民衆の政治参加を目指す自由民権運動にも理解を示していたためか、西南戦争の前哨戦ともいえる萩の乱に関連して、首謀者の一人である前原一誠との内通を疑われ、取り調べを受けるという波瀾もありました。

著作と後世への影響

通高は教育者、官僚としてのみならず、多くの著作を残しました。『慨世漫筆、はばかりながら』、『古事記便覧』、『操觚必究』、『学軌』、『鶏助集』などが知られており、その思想や学識の一端をうかがい知ることができます。

その波乱に満ちた生涯は、多くの歴史愛好家や作家の関心を集めており、みなもと太郎氏の漫画「風雲児たち」や、司馬遼太郎氏の小説『世に棲む日日』、伊東潤氏の小説『池田屋乱刃』といった作品にも江帾五郎（通高の通称）として登場するなど、後世にもその名が伝えられています。墓所は東京都の青山霊園にあります。

那珂通高は、幕末の尊王攘夷運動から明治維新後の政府事業に至るまで、激動の時代を自らの信念に基づいて生き抜いた、稀有な人物と言えるでしょう。

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