来原良蔵

幕末期、日本の未来を憂い奔走した多くの志士たちの中で、長州藩士来原良蔵（くるはら りょうぞう）は、その先進的な軍事思想と若き伊藤博文を見出した慧眼で異彩を放つ存在です。福原光茂の子として長門国阿武郡に生まれた良蔵は、母方の伯父である来原家の養子となり、青年期を過ごしました。

幼い頃から学問に励み、天保12年（1841年）には藩校明倫館で研鑽を積んだ後、嘉永4年（1851年）に江戸へ遊学。朱子学者の安積艮斎に師事し、深い学識を身につけました。この江戸滞在中に、後の同志となる吉田松陰や桂小五郎ら維新の英傑たちと出会い、深い交流を結びます。特に松陰の脱藩計画を支援したことから藩の譴責を受けるなど、早くからその行動力と志を示しました。

萩に戻った後、良蔵は嘉永5年（1852年）正月に先鋒隊に入隊し、軍事の道に進みます。同年6月、ペリー提督率いる黒船が浦賀に来航した際には、再び江戸へ急行し、緊迫した現地の状況を視察。西洋列強の軍事力を目の当たりにし、その脅威を肌で感じ取ったことでしょう。その後、砲術を学び、安政元年（1854年）正月に来島又兵衛らと結成した忠義会に参加。相模国の警備にあたるなど、実戦的な経験を積みました。特に浦賀奉行所の与力であった中島三郎助に師事し、銃器の扱いや合薬製造法を習得するなど、西洋兵学への関心と探求心は並々ならぬものがありました。

軍事経験を積む一方で、良蔵は藩の要職も歴任します。安政2年（1855年）には再び江戸へ登り、江戸番手手廻組に所属して密用方右筆役を務め、藩の機密に関わる事務を担いました。また、毛利一門である岩国藩吉川氏の内用掛を兼務するなど、藩内外の政治に通じる立場にありました。安政3年（1856年）3月に萩帰藩後には、周布政之助が進める嚶鳴社の復興に参画し、毛利元就をはじめとする藩の歴史に関する記録編集に携わるなど、文武両道に長けた人物であったことがうかがえます。同年9月25日には、桂小五郎の妹である治子と結婚し、公私ともに桂家との関係を深めました。

来原良蔵の最大の功績の一つは、長州藩の軍制改革です。安政6年（1859年）9月に明倫館の助教兼兵学科総督に就任すると、山田亦介ら同志とともに、旧態依然としていた藩の軍制を抜本的に改めることに着手しました。西洋式の軍制規則を定め、実践的な教練を導入するなど、長州藩兵の近代化と強化を力強く推進。この改革は、後の長州藩が幕末の動乱期を乗り切る上で、極めて重要な基盤となりました。文久元年（1861年）6月には、当時先進的であった洋式兵学者中島名左衛門を明倫館に招き、藩士に最新の兵学を学ばせる環境を整えるなど、その先見性には目を見張るものがあります。

時代の流れが尊王攘夷へと傾く中、良蔵は開国派の従兄弟である重臣長井雅楽と対立することもありましたが、後に和解に至ります。しかし、藩論が攘夷へと急旋回するに伴い、良蔵は文久2年（1862年）3月に上京し、久坂玄瑞ら攘夷派と連携して長井雅楽を藩政から排除するために奔走します。この過程で起こった長井雅楽暗殺未遂事件に関連し、良蔵は自らの責任を感じて自害を申し出ますが、許されませんでした。生きることを許されず、死に場所を求めるかのように江戸へ向かった良蔵は、血気にはやった計画として横浜の外国公使館襲撃を企てますが、これは失敗に終わります。そして文久2年（1862年）8月、藩主毛利定広の強い諌めを受け、長州藩江戸藩邸にて自ら命を絶ちました。享年34歳。若き生涯を閉じた悲劇の最期でした。

良蔵の遺体は当初、芝の青松寺に葬られましたが、明治時代に入り、明治15年（1882年）に吉田松陰が祀られる松陰神社に改葬されました。これは、彼が松陰の同志として、また明治維新の礎を築いた一人として高く評価されたことを示しています。明治24年（1891年）には、その功績に対し従四位が追贈されています。良蔵には二人の息子がいましたが、彼らは義兄である桂小五郎の養子となっています。

来原良蔵の人物像を語る上で欠かせないのが、後の初代内閣総理大臣となる伊藤博文との関係です。良蔵は嘉永6年（1853年）頃の浦賀警備中に博文の非凡な才能を見出し、自らの部下としました。さらに、良蔵の勧めによって博文は吉田松陰の松下村塾に入門し、その薫陶を受けることになります。長崎での海軍伝習にも博文を帯同させるなど、良蔵は博文のキャリア形成に決定的な影響を与えました。博文は良蔵を終生師として仰ぎ、その死後も遺志を継いで国事に奔走しました。伊藤博文が、維新の元勲である木戸孝允（桂小五郎）よりも、来原良蔵の才覚を高く評価していたという逸話も残されており、その師弟関係の深さと、良蔵の並外れた能力を物語っています。

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