酒井勝軍

酒井勝軍（1874年 - 1940年）は、明治から昭和前期にかけて活動した人物で、独自のキリスト教伝道者、日ユ同祖論者、オカルティスト、「日本のピラミッド」発見者として知られています。

山形県上山町（現：上山市）で山下勇吉として生まれた酒井は、後に酒井姓を継ぎました。山形英学校に入学しますが、家庭の事情で退学。その後、1888年にキリスト教の洗礼を受け、敬虔なキリスト教徒となります。東北学院で苦学して卒業し、1896年には初の著作『伯多大帝』を刊行しました。

1898年、音楽研究のため渡米し、サンフランシスコで新聞記者を務めた後シカゴへ。シカゴ音楽大学やムーディ聖書学院で学び、1902年に帰国。帰国後すぐに東京唱歌学校を設立し、新進気鋭の牧師として頭角を現しました。音楽関連の著作や讃美歌集の編纂、讃美奨励会の組織、雑誌『讃美の友』の発刊など、音楽を通じた伝道活動に力を入れました。

語学が堪能であったことから、日露戦争（1904-1905年）には観戦外国武官接待係として従軍し、実戦を経験。当初は親米・民主共和主義的、反戦平和主義的な思想を持っていましたが、この経験を経てキリスト教の枠組みから次第に外れていきます。1918年のシベリア出兵には通訳として従軍。ここで白軍将校から『シオン賢者の議定書』や反ユダヤ主義の存在を知りました。

1923年に帰国すると、酒井は『猶太人の世界征略運動』など反ユダヤ主義に関する著作を相次いで発表し、この思想を日本に紹介しました。しかし、彼の主張は単純な反ユダヤ主義に留まらず、ユダヤ人とフリーメイソンの暗躍が最終的には日本の皇室の栄光につながると解釈するなど、独自の視点を示しました。思想は次第に親ユダヤ的な色彩を強め、この思想変遷は、満州経営へのユダヤ資本導入や対米関係強化を目指す安江仙弘の河豚計画に影響を与えたと考えられています。酒井と安江はシベリア出兵以来の友人であり、酒井の著作活動は安江の計画を側面から支援したとも言われています。

1927年には、安江と共に大日本帝国陸軍からユダヤ研究のためにパレスチナやエジプトへ派遣されました。エジプトではピラミッドの研究も行ったとされます。帰国後も『神州天子国』などの著作を発表しました。

1929年、竹内巨麿が所有する竹内文書に強い関心を持ち、皇祖皇太神宮を複数回訪問。古代イスラエルのオニックスを「発見」し、『三千年間日本に秘蔵せられたるモーセの裏十誡』を出版するなど、竹内文書の世界観を取り入れた活動を展開しました。

1932年には「日猶協会」を設立するなど、日ユ同祖論やユダヤ問題への関与を深めます。そして1934年、広島県庄原市の葦嶽山を「日本のピラミッド」であると断定し、新聞報道によって全国的な注目を集めました。酒井は日本のピラミッドを、エジプトのような人工建造物ではなく、自然地形を活かして石や土を積み上げた半人工的なものだと主張しました。その後も飛騨高山などで「日本のピラミッド」を次々と「発見」し、『太古日本のピラミッド』などの著作を刊行しました。

1936年には「神秘之日本社」を創業し、雑誌『神秘之日本』を発刊。日本の天皇が世界を統べるべきこと、神政復古、超古代日本の優れた文明の存在などを主張しましたが、特高警察による弾圧を受け、著作が押収されたり自身が拘束されたりすることもありました。しかし、彼は弾圧に屈せず、竹内文書に基づく独自の歴史観や世界観を説き続けました。

1937年には『天孫民族と神選民族』でシオニズム支持を明確に表明。1938年には岩手県五葉山周辺で調査を行い、「ヒヒイロカネ」を発見したと主張しました。

酒井勝軍の活動は、後世のオカルト界や新宗教にも影響を与えました。オカルト雑誌『ムー』の創刊にも関わった武田崇元は酒井の著作から多大な影響を受け、『神秘之日本』の復刻も行っています。また、オウム真理教の麻原彰晃も酒井や竹内文書の影響を受け、五葉山を訪れて酒井が発見したとされる「ヒヒイロカネ」を譲り受けたというエピソードを記しています。

1940年7月6日に死去。墓は多磨霊園にあります。その功績に対して勲五等が贈られています。

酒井勝軍は、キリスト教、ユダヤ問題、日本の超古代史、神秘主義といった多様な分野を横断し、独自の思想体系を構築した、大正・昭和期の特異な言論人、探求者でした。

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