金蘭斎

金蘭斎：江戸時代中期を彩った老荘思想家

金蘭斎（1650-1731）は、江戸時代中期に活躍した儒学者にして老荘思想家です。出羽国久保田藩（現在の秋田県）の藩医の子として生まれ、名は徳隣、字は江長、通称を忠祐、蘭斎や洛山逸民といった号で知られています。

17歳の頃には、京都で伊藤仁斎らに師事し、その後江戸で入江南溟にも学びました。しかし、故郷での役職を嫌い、京都の麩屋町で老荘思想の講義を行いながら質素な生活を送りました。晩年は水腫を患い、80歳でこの世を去り、五条本覚寺に墓碑が建立されています。その墓碑は伊藤東涯によって書かれたと伝えられています。

金蘭斎は、その独特の生き様でも知られています。いわゆる「奇人」として、『近世畸人伝』にもその名が記され、様々な逸話が伝えられています。例えば、彼は書籍を所有せず、弟子から贈られた本も米と交換したと言われています。また、弟子から贈られた「金蘭斎」と大きく書かれた着物を普段着として愛用していたと伝えられています。さらに、講義中に神楽の行列に出会うと、講義を中断して童子たちと一緒に追いかけたという、興味深いエピソードも残されています。こうした数々の逸話から、金蘭斎の人となり、その独特の思想が垣間見えます。

彼の思想や学問的業績の中心は、なんといっても『老子経国字解』です。これは『老子』を和訳し、注釈を付したものであり、江戸時代の老荘思想の流行を象徴する一冊と言われています。初版は宝暦11年（1761年）、その後文化3年（1806年）に再版されています。伊藤東涯の門人である高志泉溟による序文が付されています。

『老子経国字解』の内容は、林希逸の『老子鬳齋口義』をベースにしながらも、金蘭斎自身の解釈が加えられています。特徴的なのは、平易な言葉遣いと俚諺（ことわざ）を交えた解説、そして「谷神」という概念の重視、そして老荘思想の一本化された解釈などが挙げられます。さらに、彼の思想は、師である伊藤仁斎の古義学の実践的な学風を受け継いでいるとも評されています。

金蘭斎の著作は、『老子経国字解』の他に、詩文や散逸した『退隠草』『異学篇』などが知られています。また、『教訓春日和』という著作も存在しますが、これは同名異人によるものと考えられています。

金蘭斎は、独自の老荘思想を展開し、質素な生活を送った人物として、江戸時代中期の文化・思想史において重要な位置を占める人物です。彼の生き様と思想は、現代においても多くの示唆を与えてくれることでしょう。彼の研究には、高瀬允、武内義雄、中村幸彦、森銑三といった錚々たる研究者たちが取り組んでおり、その業績は現代に受け継がれています。彼らによる研究成果は、金蘭斎の生涯と思想をより深く理解する上で重要な手がかりとなります。彼の著作や生涯を通じて、江戸時代の知的な風景の一端に触れることができます。

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