鈴木弘尚

日本のクラシックピアニストであり、現代を代表する優れた指導者の一人である鈴木弘尚は、1978年 9月8日に埼玉県所沢市に生を受けた。

幼少より音楽に親しみ、ヤマハ音楽教室を経てヤマハマスタークラスへと進んだ。とりわけ、ヤマハマスタークラスにおいて、モスクワ音楽院教授のヴェラ・ゴルノスタエヴァ氏から8年間にわたり受けた指導は、その後の音楽家としての方向性を決定づけるほど大きな影響を与えた。氏はこの薫陶を通じて、ロシアの偉大なピアニスト、ゲンリヒ・ネイガウスに端を発する伝統的なピアニズムを日本で継承する数少ない存在として知られるようになった。その後、イタリアの著名な音楽教育機関であるイモラ国際ピアノアカデミーに留学し、深く研鑽を積んだ。同アカデミーを修了し、マスター・ディプロマを取得したほか、文化庁派遣芸術家在外研修員としてもイタリアで学んだ経験を持つ。これまでにゴルノスタエヴァ氏の他、ピャトラス・ゲヌーシャス氏、江口文子氏ら、国内外の多くの高名な師に師事しており、ウラディーミル・アシュケナージ氏のマスタークラスも受講した。

国際的な舞台での輝かしいコンクール実績は、その卓越した実力を証明している。世界的な難関として知られるクララ・ハスキル、ブゾーニ、チャイコフスキー、ロベルト・シューマン、そして浜松といった国際ピアノコンクールで、入賞や入選という優れた成績を収めた。特に第12回チャイコフスキー国際コンクールではセミファイナリスト特別賞を受賞し、その演奏はロシアの主要メディアを含む海外でも高く評価されたことが特筆される。国内においても、第14回園田高弘賞ピアノコンクールでの優勝（メシアン賞、富士通賞併催）をはじめ、日本国際音楽コンクール、コンセール・マロニエ21など、数々の主要なコンクールで優秀な結果を残している。

演奏活動は国内外で精力的に展開されている。東京交響楽団、読売日本交響楽団、大阪交響楽団、群馬交響楽団といった日本の主要なオーケストラとの共演に加え、イタリアのボルツァーノ・トレント・ハイドン管弦楽団など海外のオーケストラとも共演を重ねている。ソロリサイタルも数多く開催しており、その演奏はNHKのテレビ番組「クラシック倶楽部」やラジオ番組「名曲リサイタル」などで度々紹介され、幅広い層の音楽ファンに届けられている。故・中村紘子氏からの推薦を受けてリサイタルを開催するなど、日本のピアノ界の重鎮からもその才能と実力を認められていた。

近年は、次世代を担う若手音楽家の育成に情熱を傾けている。現在、名古屋音楽大学客員教授、昭和音楽大学および同大附属ピアノアートアカデミーの准教授、愛知県立明和高等学校音楽科講師を務めている。さらに、ドリアードピアノアカデミー招聘教授や国内外のマスタークラス講師としても招かれ、熱心な指導を行っている。公開レッスンや公開セミナーシリーズも各地で多数開催し、教育活動の場を広げている。教育者としての手腕は高く評価されており、その門下からは国内外の著名なコンクールで優勝や入賞を果たす若手ピアニストが多数輩出されている。指導活動の一環として、ポーランドのトカチェフスキ国際コンクールやベルギーのセザール・フランク国際コンクールなど、国内外の主要なコンクールで審査員を務める機会も多い。また、先進的な取り組みとして、オンライン動画配信サイト「ピアノレッスンアーカイブス」を立ち上げ、メイン指導者の一人として質の高いレッスン動画を配信することで、より広い層への教育普及にも積極的に努めている。

日本のピアノ界のレジェンドとして知られる故・中村紘子氏とは生前、年齢や立場を超えた深い親交があったことが知られている。中村氏は鈴木氏の演奏について、「日本一のレガート、日本人ではほとんど聴くことができないしなやかなフレージング」と惜しみない賛辞を送り、コンクールでの激励、共にトレーニングジムに通うこと、演奏への感動を手紙で伝えること、髪の色について助言を与えること、自身の生徒の指導を託すことなど、その交流は多岐にわたり、温かくも時に厳しい言葉で鈴木氏を導き続けた。鈴木氏は、中村氏から受けた多大な恩を、これからの世代の音楽教育に力を尽くすことで返していきたいという強い思いを語っている。

その多面的な魅力はプライベートな側面にも垣間見える。3歳で音楽に触れたのは周囲の勧めからだったが、小学校高学年でのゴルノスタエヴァ氏との運命的な出会いが、プロの音楽家への道を志す決定的な契機となった。負けず嫌いな性格でありながらも、道端に咲く一輪の花さえ摘むことをためらうほどの繊細さも持ち合わせる。一方で、趣味の世界では非常にマニアックな一面があり、特に格闘技への造詣は深く、もしピアニストになっていなければ格闘技のレフェリーになりたかったと語るほどである。最新の電子機器、特にスマートフォンや電子辞書にも強いこだわりを持ち、複数台を所有している。愛車は、スポーティーな走りへの探求から、加速性能に優れた日産スカイラインのハイブリッド車を愛用し、各地を移動している。飛行機移動には恐怖心があるものの、高高度を飛ぶ国際線の方が乱気流の影響が少なく、事故への恐怖心が国内線より少ないという独自の分析を持っている。音楽的には、短調、中でもホ短調（e-moll）の楽曲に特に惹かれるという。

国際的な演奏家としての経験と、ロシア正統派のピアニズムに基づく教育者としての揺るぎない手腕を兼ね備える鈴木弘尚は、現代日本のピアノ界において、演奏家としても指導者としても多大な貢献を続けている。

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