銭荘
銭荘（せんそう）は、かつて中国に存在した伝統的な金融機関を指します。地域によっては銭舗（せんぽ）とも呼ばれました。
その始まりは、宋代に存在した「兌房」という機関にまで遡るとされています。兌房は主に銅銭や銀、そして当時の紙幣であった交子などの両替を手がけていました。この兌房が明代に入ると「銭舗」と称されるようになり、さらに清代の乾隆年間（18世紀後半）には、現在の江蘇省、浙江省、福建省といった地域で「銭荘」の名が使われ始め、やがて中国全土へと広まっていきました。同時期には、山西省などで同じような金融機能を持つ「票号」（日昇昌などが有名）も活動していました。
銭荘の主要な業務は、日常の取引で使われる銅銭と、高額取引や遠隔地での決済に不可欠ながらも決まった形態を持たない銀の固形物である銀錠との間で両替を行い、その手数料を収益とすることでした。
しかし19世紀になると、銅銭と交換可能な小額紙幣である「銭票（荘票）」を発行するようになり、顧客の現金を預かったり払い戻したりする、現代の預金業務に類するサービスも開始しました。設立に際して資金を提供した人々（通常は経営者に加えて数名の出資者）が預けた銀を元手にした「銀票」の発行に加え、地域ごとに規格や純度が異なるためそのままでは流通しにくい他地域の銀錠を交換する業務、さらには「会票」と呼ばれる為替の発行など、次第に現代の銀行が担う機能に近い多様な業務を手がけるようになりました。
これらの幅広い業務運営を支えたのは、「牙行」と呼ばれる同業者組合のような存在でした。後に中国の金融中心地として栄える上海の銭荘は、多くが浙江省紹興の出身者によって設立されたものでした。上海とその周辺である江蘇省・浙江省を基盤とし、米や大豆といった物資を扱う商人や、それを運搬する海運業者からの出資を受けながら事業を拡大していきます。特に1776年には、上海の銭荘業界を代表する牙行である北市銭業会館が設けられました。各銭荘が発行した銭票や会票は、この牙行を通じて広く受け入れられ、さまざまな取引の決済手段として活用されました。
19世紀半ばのアヘン戦争以降、外国の銀行が中国へと盛んに進出してきましたが、意外なことに銭荘はこの時期にさらに発展を遂げました。その背景にはいくつかの要因があります。まず、銭荘が中国古来の経済慣習やシステムに合わせて独自に進化してきた点が挙げられます。また、複雑な手続きを嫌う中国の人々にとって、信頼関係に基づいて貸付が受けられる銭荘の方が好まれたこと。さらに、出資者が事業の失敗に対して無限の連帯責任を負う仕組みが、顧客からの信用を高めていました。加えて、外国銀行側も中国の商慣習に不慣れであったため、個々の顧客と直接取引するよりも、「折票（チョップ・ローン）」と呼ばれる短期融資を銭荘に行い、現地の金融業務を銭荘に委ねる方法を選択したことも、銭荘の存続と発展を助ける結果となりました。
しかし、19世紀末から20世紀にかけて、中国経済が世界の経済システムに組み込まれる中で発生した景気変動や、辛亥革命、北伐といった政治的な激動は、銭荘の経営を大きく揺るがすことになります。例えば、1910年のゴム恐慌や、1930年代の世界恐慌が中国にも波及した際には、多くの銭荘が経営破綻に追い込まれました。
さらに、19世紀末から台頭してきた中国独自の資本を持つ銀行は、国内の金融市場の開拓を目指したため、銭荘と激しい競争関係に入りました。特に、通貨制度の近代化を巡っては深刻な対立が生じます。重さを量って使う銀錠を軸とした銀両制度の維持を望む銭荘と、個数を数える銀貨を中心とした銀元制度への改革を推進する銀行は、互いに激しく衝突しました。
この通貨制度改革は、1933年の廃両改元（銀両制度の廃止と銀元制度への統一）、そしてその2年後の法幣導入（管理通貨制度への移行）によって銀行側の主張が通り、銭荘側は敗北を喫します。結果として多くの銭荘が破綻し、残った銭荘も中央の発券銀行から法幣の融資を受けなければ通貨を確保できなくなり、その強い影響下に置かれることとなりました。ところが、日中戦争から続く国共内戦期に発生した激しいインフレーションは、投機的な取引を行う機会を銭荘に与え、一時的にその勢力を回復させる要因ともなりました。
しかし、1949年の中華人民共和国成立により、銭荘は政府と中国人民銀行による非常に厳格な監督下に置かれます。政府は投機的な活動を禁止し、資金を生産部門への投資に振り向けるよう強制するとともに、公私合営化を徹底しました。この結果、1953年頃までには銭荘は公私合営銀行へと転換され、その歴史に幕を下ろし、中国本土からは完全に姿を消しました。現在では、中華人民共和国の統治下に入らなかった台湾や香港において、一部の中小零細な金融機関の名称としてその名残が見られるに過ぎません。
起源と初期の活動
その始まりは、宋代に存在した「兌房」という機関にまで遡るとされています。兌房は主に銅銭や銀、そして当時の紙幣であった交子などの両替を手がけていました。この兌房が明代に入ると「銭舗」と称されるようになり、さらに清代の乾隆年間（18世紀後半）には、現在の江蘇省、浙江省、福建省といった地域で「銭荘」の名が使われ始め、やがて中国全土へと広まっていきました。同時期には、山西省などで同じような金融機能を持つ「票号」（日昇昌などが有名）も活動していました。
銭荘の主要な業務は、日常の取引で使われる銅銭と、高額取引や遠隔地での決済に不可欠ながらも決まった形態を持たない銀の固形物である銀錠との間で両替を行い、その手数料を収益とすることでした。
業務の拡大と発展
しかし19世紀になると、銅銭と交換可能な小額紙幣である「銭票（荘票）」を発行するようになり、顧客の現金を預かったり払い戻したりする、現代の預金業務に類するサービスも開始しました。設立に際して資金を提供した人々（通常は経営者に加えて数名の出資者）が預けた銀を元手にした「銀票」の発行に加え、地域ごとに規格や純度が異なるためそのままでは流通しにくい他地域の銀錠を交換する業務、さらには「会票」と呼ばれる為替の発行など、次第に現代の銀行が担う機能に近い多様な業務を手がけるようになりました。
これらの幅広い業務運営を支えたのは、「牙行」と呼ばれる同業者組合のような存在でした。後に中国の金融中心地として栄える上海の銭荘は、多くが浙江省紹興の出身者によって設立されたものでした。上海とその周辺である江蘇省・浙江省を基盤とし、米や大豆といった物資を扱う商人や、それを運搬する海運業者からの出資を受けながら事業を拡大していきます。特に1776年には、上海の銭荘業界を代表する牙行である北市銭業会館が設けられました。各銭荘が発行した銭票や会票は、この牙行を通じて広く受け入れられ、さまざまな取引の決済手段として活用されました。
19世紀半ばのアヘン戦争以降、外国の銀行が中国へと盛んに進出してきましたが、意外なことに銭荘はこの時期にさらに発展を遂げました。その背景にはいくつかの要因があります。まず、銭荘が中国古来の経済慣習やシステムに合わせて独自に進化してきた点が挙げられます。また、複雑な手続きを嫌う中国の人々にとって、信頼関係に基づいて貸付が受けられる銭荘の方が好まれたこと。さらに、出資者が事業の失敗に対して無限の連帯責任を負う仕組みが、顧客からの信用を高めていました。加えて、外国銀行側も中国の商慣習に不慣れであったため、個々の顧客と直接取引するよりも、「折票（チョップ・ローン）」と呼ばれる短期融資を銭荘に行い、現地の金融業務を銭荘に委ねる方法を選択したことも、銭荘の存続と発展を助ける結果となりました。
動揺と終焉
しかし、19世紀末から20世紀にかけて、中国経済が世界の経済システムに組み込まれる中で発生した景気変動や、辛亥革命、北伐といった政治的な激動は、銭荘の経営を大きく揺るがすことになります。例えば、1910年のゴム恐慌や、1930年代の世界恐慌が中国にも波及した際には、多くの銭荘が経営破綻に追い込まれました。
さらに、19世紀末から台頭してきた中国独自の資本を持つ銀行は、国内の金融市場の開拓を目指したため、銭荘と激しい競争関係に入りました。特に、通貨制度の近代化を巡っては深刻な対立が生じます。重さを量って使う銀錠を軸とした銀両制度の維持を望む銭荘と、個数を数える銀貨を中心とした銀元制度への改革を推進する銀行は、互いに激しく衝突しました。
この通貨制度改革は、1933年の廃両改元（銀両制度の廃止と銀元制度への統一）、そしてその2年後の法幣導入（管理通貨制度への移行）によって銀行側の主張が通り、銭荘側は敗北を喫します。結果として多くの銭荘が破綻し、残った銭荘も中央の発券銀行から法幣の融資を受けなければ通貨を確保できなくなり、その強い影響下に置かれることとなりました。ところが、日中戦争から続く国共内戦期に発生した激しいインフレーションは、投機的な取引を行う機会を銭荘に与え、一時的にその勢力を回復させる要因ともなりました。
しかし、1949年の中華人民共和国成立により、銭荘は政府と中国人民銀行による非常に厳格な監督下に置かれます。政府は投機的な活動を禁止し、資金を生産部門への投資に振り向けるよう強制するとともに、公私合営化を徹底しました。この結果、1953年頃までには銭荘は公私合営銀行へと転換され、その歴史に幕を下ろし、中国本土からは完全に姿を消しました。現在では、中華人民共和国の統治下に入らなかった台湾や香港において、一部の中小零細な金融機関の名称としてその名残が見られるに過ぎません。
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