長尾景広

長尾景広（ながお かげひろ）

「長尾景広」という名前は、日本の歴史において複数の人物に使用されています。まず、南北朝時代には長尾氏の一族で、長尾氏春（景雄）の子とされる人物がいました。この人物は上総国佐貫を本拠とする佐貫長尾家（千秋長尾家）の当主と記録されています。しかし、上杉禅秀の乱以降の具体的な動向については、残念ながら明らかになっていません。

もう一人の「長尾景広」として、安土桃山時代から江戸時代前期にかけて上杉氏の家臣として活躍した武将がいます。この人物は、上野国白井（現在の群馬県渋川市周辺）を拠点とした白井長尾氏の第10代当主であり、八崎城主でもありました。

この白井長尾氏の景広は、天正元年（1573年）に長尾憲景の子として生まれています。若い頃からその生涯は波乱に富んでいました。天正10年（1582年）、兄である長尾輝景の命を受けて、当時の有力大名である後北条氏への人質として小田原城に入りました。この時期には、後北条氏の当主である北条氏政から偏諱（名前の一字）を賜り、「政景」と名乗っていたと伝えられています。人質としての生活は約3年間に及びました。

故郷に戻った後、景広は白井長尾家の重臣であった牧和泉守・牧弾正の父子が居城としていた田留城を強く所望しました。これに対し、牧父子は景広の要求を拒否します。しかし、景景は親後北条派の重臣たちの支持を得て、独断で牧氏一族を武力によって滅ぼし、念願であった田留城を奪取してしまいました。さらに、天正17年（1589年）には、兄である輝景を隠居に追い込み、強引に白井長尾家の家督を奪ったとされています。

しかし、その権力は長くは続きませんでした。天正18年（1590年）、豊臣秀吉による小田原征伐が勃発し、後北条氏に従属していた白井長尾家は没落してしまいます。景広は領地を失い、一時期は加賀国の大名である前田氏に預けられることとなりました。その後、兄と共に、同族にあたる越後上杉氏の家督を継いだ上杉景勝に仕えることとなります。

上杉家臣となった景広は、兄の死後にその遺領と合わせて1,000石の知行を宛行われました。ただし、別の史料では、当初は田中三九郎の陣代（代理）として「田中権四郎」という仮名を用い、60石の馬廻組（主君の馬のそば近くに仕える武士）として上杉家に仕えていたとも記されています。後に景勝の命によって長尾姓に復し、侍組（比較的身分の高い武士）として1,000石を領するようになったとも伝えられています。

武将としての景広は、上杉家の主要な戦役にも従軍しました。慶長19年（1614年）に勃発した大坂冬の陣では、上杉軍の「前備」（敵陣に先駆けて突撃する部隊）を務めるなど、重要な役割を担いました。元和元年（1615年）には、その功績が認められ、侍頭に昇進するとともに、さらに1,000石を加増されたと記録されています。知行が合計で2,000石になったか、あるいは加増後の知行が1,000石となったのかは諸説ありますが、上杉家中における地位を高めたことは確かです。また、出羽国山形藩の最上氏が改易された際には、山形城の接収と警護という、幕府からの命令に基づく重要な任務を担いました。

寛永3年（1626年）、景広は隠居しました。その後、寛永7年（1630年）にその生涯を終えたとされています。

激動の安土桃山時代に白井長尾家の家督を巡る争いを経て没落するも、上杉景勝に仕え、戦国時代の終焉から江戸時代初期にかけて上杉家の武将として活躍した人物と言えるでしょう。その生涯については、『三百藩家臣人名事典』などの史料に詳しい記述が見られます。

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