長崎七左衛門

長崎七左衛門：秋田の地で稲作技術を確立した老農

長崎七左衛門（1731年 - 1820年）は、江戸時代に羽後国秋田郡七日市村（現在の秋田県北秋田市）で活躍した肝煎です。彼は、筆名を青雲舎風鶴と名乗り、自ら農具を手に取り、農業に精通した老農として知られています。

生涯

長崎七左衛門は、久保田藩坊沢村の長崎清左衛門の四男として生まれました。彼の祖父は五義民事件に関わっており、七左衛門は事件から7年後に誕生しています。その後、七日市村の長岐家に婿入りし、25歳で長岐家の七代目当主となりました。ただし、名字は長崎のままだったようです。

七左衛門が生きた時代、秋田には稲作改善の参考となる農書がほとんどありませんでした。わずかに存在したのは、『土性弁』、『羽州秋田蝗除法』、『菜種作り方取立ヶ条書』といったものでしたが、これらは土壌や害虫駆除、菜種栽培に関する知識にとどまり、秋田の主要な農産物である稲作についてはほとんど触れていませんでした。しかも、これらの農書は印刷されていなかったため、七左衛門の目に触れる機会もありませんでした。

七左衛門が初めて印刷された農書に触れたのは、36歳の時でした。伊勢参りの旅で、宮崎安貞の『農業全書』を入手したのです。『農業全書』は、九州福岡の農学者である宮崎安貞が著した日本の代表的な農書であり、七左衛門はこれを農事研究に役立てました。

『農業全書』の研究を通じて、七左衛門は暖国の稲作や畑作が寒国である秋田にはそのまま通用しないことを悟りました。そこで、彼は自身の研究をまとめ、『老農置土産』として出版しました。『老農置土産』は、農業技術を記した部分と、飢饉の救済活動を通じて得た見聞を記した『置ミやげ添日記』の二部構成となっています。

農業技術の普及への貢献

七左衛門は、『老農置土産』以外にも、『老農置土産・附録』、『農業心得記』といった著作を通じて農業技術の普及に努めました。『農業心得記』は、彼が86歳の時に著したもので、自身の経験と知識の集大成と言えるでしょう。また、七左衛門は農業技術だけでなく、『妙薬集』という医学書や、『大事代記』、『松前太平記』といった本も著しています。

治水灌漑事業への尽力

七左衛門は、治水灌漑事業にも力を注ぎました。彼は、崩れやすい場所の農業用水路を、鉱山技術者を活用した岩堰や穴堰によって改良する事業を行いました。菅江真澄も、七左衛門が手掛けた水利工事について、その功績を称えています。

長岐家と佐竹家

長岐家は代々肝煎を務めてきた旧家であり、藩主が領内を巡視する際には本陣として利用されていました。長岐家には、佐竹義格や佐竹義和が宿泊した際の記録が残っています。

明治以降の評価

明治時代に入り、石川理紀之助は長崎七左衛門の農書に注目し、その功績を称えました。石川は長岐家を度々訪れて農書を筆写し、自らが主唱する農事研究団体の機関紙に全文掲載して、各地の老農の研究に役立てました。また、石川は七左衛門が試作した八日稗を高く評価しています。

七左衛門の著作は、その後も様々な形で翻刻され、彼の農事研究は秋田県の老農たちに受け継がれていきました。長岐家には、1614年の検地帳から明治時代の大福帳に至るまで、約1500点の文書が残されており、これらは現在「長岐文書」として一般に公開されています。

北国秋田の地で稲作技術の確立を求めて苦闘した長崎七左衛門は、1820年に90歳でその生涯を閉じました。彼の功績は、現代においても高く評価されています。

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