長崎聞役

長崎聞役とは

長崎聞役（ながさきききやく）は、江戸時代に西国14藩が長崎に設置した役職です。各藩は長崎に蔵屋敷を構え、そこに聞役を常駐させました。聞役は、藩の代表として情報収集や長崎奉行との交渉、貿易品の調達など、多岐にわたる業務を担当しました。この役職は、単なる連絡係ではなく、藩の命運を左右する重要な役割を担っていました。

聞役の設置

聞役制度が確立したのは、正保4年（1647年）にポルトガル船が長崎に来航した際、諸藩が出兵した頃から元禄元年（1688年）にかけてです。当初、各藩は長崎に町屋を借り、身分の低い者を置いたり、長崎の町人に管理を任せたりしていましたが、ポルトガル船来航を機に、長崎の重要性を認識した各藩が家臣を派遣するようになりました。この「附人」が、後の聞役へと発展しました。名称として「聞役」が使われるようになったのは、宝暦から明和（1751年～1771年）の頃とされています。

聞役には、一年を通して長崎に詰める「定詰（じょうづめ）」と、オランダ船が来航する5月中旬から9月下旬までの5ヶ月間だけ詰める「夏詰（なつづめ）」がありました。定詰は、佐賀藩、福岡藩、対馬藩、熊本藩、小倉藩、平戸藩の6藩で、夏詰は、鹿児島藩、萩藩、久留米藩、柳川藩、島原藩、唐津藩、大村藩、五島藩の8藩でした。

身分としては、平戸藩では聞役は使番という役職で、藩主の側近を務めた中級家臣が任じられ、郡代や町奉行よりも上位でした。一方、柳河藩では代官や徒士頭よりも下位に位置づけられていました。聞役は基本的に単身赴任であり、妻子は国元に残していました。

長崎蔵屋敷

各藩は長崎に蔵屋敷を設置しました。主な所在地は以下の通りです。

樺島町 - 秋月藩
本五島町 - 長州藩
浦五島町 - 柳川藩
新町 - 小倉藩
西浜町 - 薩摩藩・五島藩・久留米藩
本紺屋町 - 対馬藩
恵比寿町 - 大村藩・島原藩
大黒町 - 佐賀藩・熊本藩・平戸藩
西中町 - 大村藩
東中町 - 唐津藩
* 東上町 - 唐津藩

蔵屋敷には、聞役の宿舎の他、藩主が来た際に使用する御殿も設けられていました。江戸武鑑には、長崎屋敷の所在地が掲載されている藩もありました。

聞役組合と寄合

聞役たちは情報収集のため、組合を組織しました。定詰の6藩と夏詰の大村藩で1つの組合、夏詰の長州藩、柳川藩、島原藩、唐津藩で別の組合が作られました。薩摩藩と五島藩は定詰の時は組合に入っていましたが、後に抜け、久留米藩と共に3藩で相互に協力しました。定詰と夏詰の間には家格の違いのように考えられるようになり、次第に付き合いがなくなっていきました。

定詰の聞役組合は、情報交換や相互調整のため、定期的に会合を開いていました。定例の月次寄合は毎月下旬に行われましたが、日にちは決まっていませんでした。7月は、オランダ船関連の仕事で多忙なため開催されませんでしたが、それ以外の月には、頻繁に会合が行われ、毎回必ず遊所へ出向いていました。この遊所通いは、江戸や大坂の留守居役には見られない長崎聞役特有の慣習で、参加しないと組合から除籍されることもありました。会合費用は藩からの予算で賄われていましたが、足りない分は自腹を切る必要がありました。もし、会合への出席を拒否すれば、和を乱す者として非難されました。

聞役の職務

聞役の主な職務は、長崎奉行からの指示を国元に伝えること、情報収集、貿易品の調達、諸藩との情報交換でした。特に、オランダ船や中国船が入港する6月下旬から9月上旬は、最も多忙な時期でした。藩主や幕府への贈答品など、様々な注文書が聞役の元に届き、舶来品の調達に奔走しました。他にも、長崎での借銀調達や、他藩領内を領主が通行する際の儀礼的な挨拶も聞役の任務でした。

聞役と長崎奉行

長崎聞役は、長崎奉行所の業務を補完する役割も担っていました。長崎奉行は、西国諸藩に触書を伝達する際、各藩に聞役が常駐するようになってから、長崎警備の当番藩の聞役に伝え、各藩の聞役に伝達させるようになりました。

オランダ船が入港した際、長崎奉行所はまず、福岡藩と佐賀藩の聞役に御達を出し、次に島原藩、平戸藩、唐津藩、大村藩の聞役へと伝えました。残る8藩への伝達はその後でした。これは、福岡藩と佐賀藩が交代で長崎警備を担当していたこと、島原藩、平戸藩、唐津藩、大村藩が長崎との関係が深かったことが理由でした。

聞役は、国元からの連絡を奉行に報告し、藩主や国元からの使者が奉行と会う際の案内も担当しました。長崎奉行所からの公式見解や、異国船の情報も伝えられ、必要に応じて国元に報告されました。

毎月始めには「月次御礼」として奉行所に挨拶に行き、毎月中旬には「月次御見廻」として進物を贈っていました。

御館入と御用達

「御館入（ごかんいり）」とは、藩の蔵屋敷に親しく出入りしている者のことです。オランダ通詞や唐通詞、長崎の町役人、奉行所の役人などがいました。通詞は海外の情報に接する機会が多かったため、聞役は彼らと接触することで、いち早く情報を入手しました。奉行所の役人たちは、訴訟や外国船入港の際に、聞役のために便宜を図りました。

「御用達（ごようたし）」は、蔵屋敷に出入りする町人で、物資調達や使い走りなど様々なことを請け負っていました。貿易、特に武器の購入にも協力しました。御用達町人の中には、小袖や紋付を拝領したり、米を下賜されたり、御目見えが許されるようになった者もいました。医者や大工の棟梁、船頭なども御館入となっていました。

御館入は、藩士に準ずる身分になったり、貿易業務を任されたりすることもまれにありましたが、藩からの反対給付は少なかったようです。御館入は、町人にとって名誉であり、出入りを許される身分となることが目的でした。

江戸幕府の倒壊と長崎奉行の逃走

慶応4年（1868年）正月、鳥羽・伏見の戦いで幕府軍が敗れたとの報が長崎に伝わると、長崎奉行・河津伊豆守祐邦はイギリス船で江戸に逃亡しました。河津は、後事を福岡藩の聞役・粟田貢に託しました。

粟田は、長崎の地役人らと協議し、新政府から責任者が派遣されるまで、これまで通りに諸事を取り図ることを決めました。薩摩藩、長州藩、土佐藩など16藩による協議体が発足し、長崎の政務を執りました。

聞役の廃止

長崎の蔵屋敷は幕末まで活動を続け、各藩が自由貿易を行うようになると、「商会」と改名して国産品を輸出したり、艦船や鉄砲を輸入したりしました。長崎聞役も情報収集活動や貿易に従事していました。

明治2年（1869年）3月、明治政府は聞役に帰国を命じ、長崎聞役はその役目を終えました。

まとめ

長崎聞役は、江戸時代の長崎において、西国諸藩の重要な情報拠点でした。彼らは、情報収集、外交、貿易など、多岐にわたる活動を行い、各藩の命運を左右する役割を果たしていました。その活動は、江戸幕府の終焉とともに幕を閉じましたが、長崎の歴史において重要な位置を占めています。

もう一度検索