長野ハリストス正教会

長野ハリストス正教会：幻の聖堂と信仰の灯火

長野ハリストス正教会は、かつて長野市に存在した正教会（日本正教会）の教会です。1888年（明治21年）にイイスス・ハリストス（イエス・キリスト）の復活を記念する復活会堂として設立されましたが、1921年（大正10年）にその歴史を閉じました。

長野における正教の黎明

長野ハリストス正教会の設立は、長野市におけるキリスト教伝道の先駆けの一つでした。当時、長野市には日本基督教会、日本メソジスト教会、日本聖公会といった教派が伝道していましたが、正教会の会堂設立は最も早く、多くの信者が集いました。会堂は、長野市県町に位置し、アレクセイ河野次郎によって建立されたと伝えられています。

時代の荒波と教会の衰退

しかし、20世紀初頭になると、日露関係が悪化し、特に1904年（明治37年）の日露戦争勃発以降、ロシア正教会から伝道を受けていた日本の正教会は、厳しい状況に立たされました。日本人正教徒はロシアのスパイという疑いをかけられ、迫害を受けました。長野ハリストス正教会も例外ではなく、1906年（明治39年）に東郷平八郎が戦没者慰霊のため善光寺を訪れた頃から、教会は寂れていったとされています。

教勢は回復することなく、復活会堂は1920年（大正9年）に取り壊され、翌1921年（大正10年）2月には教会そのものが廃止されました。

失われた聖堂の記憶

教会が閉鎖された後、会堂にあった山下りんによるイコン3点（『機密の晩餐』、『ハリストス復活』、『克肖者セルギイ』）は、1935年（昭和10年）に札幌ハリストス正教会に移されました。現在、会堂内部の集会の様子を写した写真や、河野通勢が1944年に雑記帖に記した地図などが残されており、その存在を偲ぶことができます。

教会ゆかりの人物

長野ハリストス正教会は、多くの著名な人物と関わりがありました。その中でも特筆すべきは、長野における洋画・写真の先駆者である河野次郎です。彼は熱心な正教徒であり、会堂の建設にも尽力したと伝えられています。また、彼の息子である河野通勢も熱心な信徒であり、教会に深く関わりました。

河野次郎は、厳しい情勢下にもかかわらず、息子である通勢に洗礼を受けさせています。このことからも、彼の正教への信仰心の強さがうかがえます。通勢は、幼い頃に長野ハリストス正教会のイコンを見て祈りを捧げており、その中には山下りんによるイコンも含まれていました。

長野ハリストス正教会は、短命ながらも、長野の地に正教の信仰を根付かせようとした人々の熱意と、時代の波に翻弄されながらも信仰を守り抜いた人々の姿を今に伝える貴重な遺産と言えるでしょう。



参考文献

『大正の鬼才 河野通勢 新発見作品を中心に 展図録』（美術館連絡協議会、2008年）
長縄光男『ニコライ堂遺聞』（成文社 2007年 ISBN 9784915730573）

関連項目

* ニコライ堂 - 河野通勢の埋葬式はここで行われた。

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