阿治古神社

阿治古神社

静岡県熱海市網代に静かに鎮座する阿治古神社（あじこじんじゃ）は、古くからこの地域の信仰の中心となってきた神社です。その創建年代は詳らかではありませんが、古代の官社一覧である『延喜式神名帳』に記載されている伊豆国賀茂郡の「阿治古神社」の論社（候補地）の一つとされており、その由緒の古さがうかがえます。かつては旧村社に位置づけられていました。

祭神と起源の可能性

阿治古神社では、主として天照大神（あまてらすおおみかみ）、手力男命（あめのたぢからお）、誉田和気命（ほむたわけのみこと）、そして栲幡千千姫命（たくはたちぢひめのみこと）の四柱の神々をお祀りしています。興味深いことに、伊豆大島には、三嶋大明神とその妻である波浮比咩命（羽分の大后）の間に生まれたとされる「阿治古命」を祀る大宮神社があります（この大宮神社も、かつては阿治古神社と呼ばれていました）。この共通点から、網代の阿治古神社は、伊豆大島の噴火などを機に避難してきた人々が故郷の神を祀るために建てた分社、あるいは大島を遥拝するための場所であった可能性も考えられています。しかしながら、現在のところ、両社の間に明確な直接的な関係が確認されているわけではありません。

歴史と由緒

創建時期は不明ですが、『延喜式神名帳』に名を連ねるほどの歴史を持つと考えられています。文献によれば、神社はもともと網代集落の南側に位置する朝日山に鎮座していましたが、正保3年（1647年）よりも前に、人々が集まる集落に近い現在の場所へと遷座したと伝えられています。

阿治古神社の神職を務める高杉家は、地理的に近く海上にある初島の初木神社の神主も代々兼務していました。この高杉家には、鎌倉時代に作られたと推定される、初木神社の信仰に関連する懸仏（かけぼとけ）、いわゆる御正体（みしょうたい）が今も大切に受け継がれています。なお、現在の初木神社の祭事は、初木姫の神話でつながりが深い伊豆山神社によって執り行われています。

戦国時代の終わり頃、天正18年（1591年）に豊臣秀吉が小田原攻めを行った際、網代村は秀吉の要請に応じ、軍船30艘を提供して厚木城（あるいは小田原城関連の城砦）攻めに協力しました。その功績が認められ、秀吉からは特別な褒美として、波線状の独特な模様「流れ瓢箪（ながれふくべ）」を染め抜いた幕を用いることや、刀を差すことが許可されました。この「流れ瓢箪」の印は、現在でも阿治古神社の祭礼において、御神船「両宮丸（りょうみやまる）」やそれに奉仕する人々が身につける幕染めに用いられ、当時の栄誉を今に伝えています。さらに時代が下り、江戸時代に徳川家光の治世には、江戸へ向かう徳川将軍家の巨大な御座船「安宅丸（あたけまる）」の曳航に網代の船が出動した際に、徳川将軍家から「白の吹き流し」を用いることを許可されたという伝承も残っています。これもまた、現在の祭礼の際に重要な装飾として使用されています。

近代の大きな出来事としては、1923年（大正12年）9月1日に発生した関東大震災が挙げられます。この大地震により、阿治古神社の社殿は残念ながら倒壊の被害を受けました。しかし、網代の人々の熱意と努力により、わずか3年後の1926年（大正15年）7月には、当時の金額で3万5000円という費用を投じて現在の立派な社殿が再建され、地域復興のシンボルとなりました。

比較的新しい出来事としては、2020年（令和2年）から世界的に流行した新型コロナウイルス感染症の影響により、地域最大の行事である例大祭が、2020年、2021年と2年連続で中止されるという異例の事態に見舞われました。

賑わいを見せる祭礼

阿治古神社の例大祭は、毎年7月19日から21日までの3日間にわたって開催されます（あるいは、その前後の週末に行われることもあります）。祭りは、19日の宵宮祭（よいみやさい）で始まり、20日に本祭り、そして21日の後祭り（あとまつり）で幕を閉じます。祭りの最終日には、網代漁港を会場に「網代ベイフェスティバル」も同時に開催され、多くの人で賑わいます。

例大祭のハイライトの一つが、神輿を載せた御神船「両宮丸」が網代の町中を練り歩く「御神幸行列（ごしんこうぎょうれつ）」です。この行列では、歴史の段で触れた豊臣秀吉公から許された「流れ瓢箪」の紋様が入った幕や、徳川将軍家から許されたという「白の吹き流し」が掲げられ、勇壮かつ華やかな光景が展開されます。地元ではこの御神幸行列を指して、親しみを込めて「網代の祭り」と呼んでいます。

また、例大祭において重要な神事として奉納されるのが、「阿治古神社鹿島踊」です。この踊りは、熱海市の無形文化財にも指定されており、その伝統は大切に受け継がれています。特筆すべきは、踊りの歌詞が口伝（くでん）によってのみ師から弟子へと伝えられることが厳格に守られており、書き記すことが固く禁じられている点です。伊豆半島の東海岸地域には、阿治古神社の鹿島踊り以外にも、同様の鹿島踊りを伝承している地域が複数点在しており、この地域の特色ある伝統文化の一つと言えます。

境内の様子

阿治古神社の境内には、神聖な空気が漂います。本殿や拝殿が中心に配され、神社の入り口には鳥居が立っています。また、境内には、海積神社、八坂神社、稲荷神社、浅間神社、金毘羅神社といった複数の境内社が祀られており、様々な神様への信仰が集められています。境内の一角、本殿の脇には、1998年（平成10年）頃に地元の漁業関係者から寄贈された「大漁桜（タイリョウザクラ）」の木が2本植えられています。春には見事な桜の花を咲かせ、参拝者や訪れる人々の心を和ませています。

所在地とアクセス

阿治古神社は、静岡県熱海市網代172に位置しています。公共交通機関を利用して訪れる場合、JR伊東線網代駅からは徒歩でおよそ10分程度で到着します。また、東海バスをご利用の場合は、「宮町（みやまち）」バス停で下車し、北側から境内へ回り込むようにして徒歩1分ほどで参拝できます。

関連情報

阿治古神社は、網代漁港のすぐ近くに位置しており、古くから地域の漁業とも深いつながりを持っています。また、熱海市無形文化財である阿治古神社鹿島踊については、「全国観るなび」など、日本の観光情報を紹介するサイトでも詳しく解説されています。

もう一度検索