阿紫

阿紫（あし）は、金庸の武俠小説『天龍八部』に登場する、複雑な背景を持つ人物です。彼女は、大理国の王子である段正淳と、阮星竹の間に生まれた娘であり、段誉と阿朱の妹にあたります（正確には、段誉と阿朱・阿紫姉妹は又いとこの関係です）。阿朱は蕭峯の婚約者であったため、阿紫は蕭峯にとって義妹という立場になります（ただし、阿朱が蕭峯と結婚する前に亡くなったため、正確には義兄妹の関係ではありません）。

阿紫は、その美しい容姿とは裏腹に、人をいたぶることを好み、残虐な行為を繰り返す性格の持ち主です。巧みな話術で他人を操る一方、姉の婚約者であった蕭峯に毒針を吹き付けるなど、悪辣な一面を見せます。しかし、その行動の裏には、蕭峯への深い愛情が隠されており、自身の気持ちに気づかない蕭峯にいらだちを募らせることもありました。

彼女の生涯は、複雑な家庭環境から始まります。父である段正淳は、すでに正妻がいたため、阿紫と母の阮星竹を大理に連れて帰ることができませんでした。阮星竹の実家もまた、父のいない子供を連れて帰ることを許さなかったため、阿朱と阿紫はそれぞれ別の家に預けられ、別々に育てられることになりました。

成長した阿紫は、父である段正淳と再会した際に、彼の部下をいたぶって自死に追い込むなど、その残虐性を見せつけます。姉である阿朱の死後には、蕭峯に「妹の面倒を見てやってほしい」という遺言を笠に着て、彼につきまとい始めます。星宿派に捕えられ処刑されかけた際には、蕭峯に助けられ、星宿派の一番弟子の座を獲得します。しかし、北へ向かう道中、蕭峯に毒針を吹きつけたことで反撃を受け、重傷を負ってしまいます。

傷が癒えた後も、阿紫は阿朱の遺言を理由に蕭峯に無理難題を押し付け、彼の関心を引こうとします。しかし、その思いは最後まで報われることはありませんでした。また、虚竹と出会った際には、世間知らずで純粋な彼をからかい、わざと肉を食べさせるなど、悪質な行為に及びます。

丁春秋の毒によって失明した阿紫は、游坦之によって救われます。彼は阿紫に自分の眼球を移植することで彼女の視力を回復させますが、阿紫は游坦之から狂おしいほどの愛情を向けられても、全く応えようとはしませんでした。それは彼女の心に、蕭峯への強い思いがあったからです。

しかし、蕭峯への思いは報われず、彼の死を目の当たりにした阿紫は正気を失い、自身も命を落とすという悲劇的な最期を迎えます。

阿紫の武功は、内力も武術も平凡ですが、水練の達人です。また、星宿派の技である「亀息功」を習得しており、これを使用すると呼吸や鼓動が止まり、まるで死んだように見えます。この状態では、何も見えず、何も聞こえません。

興味深いことに、阿紫が失明する展開は、作者の金庸がヨーロッパ旅行中に、友人である作家の倪匡に代筆を依頼した際に、倪匡が阿紫を嫌っていたため、金庸に無断で書き加えられたものです。この出来事は、阿紫という人物がいかに読者に強烈な印象を与えるかを物語っています。

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