阿部貞著

日本の作庭家である阿部貞著（あべさだあき）は、明治から昭和にかけて活躍した造園家の一人である。その生涯は、学問的な探求と実践的な創造の両面に彩られていた。

生い立ちと学業

阿部は福島県に生を受けた。教育課程を順に進み、旧制相馬中学校、旧制第二高等学校を経て、当時の知の府であった東京帝国大学農学部農学科へと進んだ。大学では、造園学を専門とする原煕（はらひろし）に師事し、日本庭園に関する深い知識と教養を身につけた。1917年（大正6年）に大学を卒業した際の卒業論文の題目は、「日本庭園ニ於ケル水流及池瀑」であったことから、特に日本庭園における水景、すなわち池、滝、そして水の流れといった要素に対する彼の関心と探求心の深さがうかがえる。

東京帝国大学で共に学んだ同期には、後に各界で名を成す多くの逸材がいた。太田謙吉、坂田静夫、丹羽鼎三、野間守人、森一雄、山本喜誉司らが阿部と同期であり、共に学び舎で切磋琢磨した経験は、その後のそれぞれの歩みに少なからぬ影響を与えたことだろう。

初期キャリアと造園の道へ

大学を卒業した阿部は、ただちに作庭家としての活動を開始したわけではなかった。最初のキャリアとして選んだのは、当時の日本統治下にあった台湾での農業研究所での勤務であった。異郷の地で農業に関する研究に従事した後、日本本土へ戻った阿部は、東京府中に新設された東京高等農林学校（現在の東京農工大学農学部の前身）の教員となった。教育者として、若い世代に農学の知識を伝える日々を送ったのである。

しかし、阿部の中には、学生時代から抱き続けていた庭園造りへの強い情熱が燻っていた。やがてその情熱が勝り、安定した教員の職を辞して、専門の作庭家として生きる決意をする。このキャリアチェンジは、彼にとって大きな転機となり、その後の人生を造園芸術の創造に捧げる契機となった。

建築家・遠藤新との協力

阿部貞著の作庭家としてのキャリアにおいて、特に重要な位置を占めるのが、建築家・遠藤新との協働である。遠藤新は、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトに学び、日本におけるモダニズム建築の発展に貢献した人物である。阿部と遠藤は、驚くべきことに旧制中学校から大学まで、長きにわたり同じ学び舎で過ごした旧知の間柄であった。

二人の専門家が力を合わせた notable な事例として、長野県千曲市（旧上山田町）にある笹屋ホテルの一部である『乾荘』のために作庭された庭園『豊年虫』（ほうねんむし）が挙げられる。これは、遠藤新が建物の設計を手がけ、その建築空間に呼応する庭園を阿部貞著が設計・施工したものである。建築と庭園が見事に融合したこの作品は、両者の深い理解と信頼関係があってこそ生まれたと言えるだろう。庭園『豊年虫』は、現在、登録有形文化財に指定されている笹屋ホテルの一部として、遠藤の建築と共に良好な状態で保存されており、阿部が手がけた数少ない確認できる庭園作品の一つとして、彼の作庭哲学や技術を知る上で貴重な存在となっている。

作庭家としての足跡

阿部貞著が具体的にどのような作風を持ち、どのような作品を数多く手がけたのか、その全容は現在のところ必ずしも広く知られているわけではない。しかし、大学での研究テーマから、彼は特に日本庭園における水景表現、例えば滝の流れ落ちる音や、池の水面に映る景色、せせらぎの音といった、水の持つ動的な要素や視覚的効果に強い関心を持っていたことが推察される。

近代という時代は、西洋文化の影響を受け、日本の庭園にも新しい表現や技術が求められるようになった時期である。阿部のような、学術的な背景を持ちながら実践的な作庭に携わった人物は、伝統的な技法を継承しつつも、時代の要請に応じた新しい庭園のあり方を模索していたと考えられる。特に、建築家である遠藤新との密な連携を通じて、建築空間と庭園空間を一体として捉えるようなアプローチは、当時の作庭家としては先駆的なものであった可能性がある。

阿部貞著の作庭家としての活動が、日本の近代造園史においてどのような位置づけを持つのか、彼のその他の作品がどこにあり、どのような特徴を持つのかなど、今後のさらなる研究が待たれるところである。しかし、建築家との協働を通じて生み出された庭園『豊年虫』が今なお多くの人々に愛されている事実は、彼の造園家としての確かな手腕と、空間創造に対する優れた感性を示していると言えるだろう。

阿部貞著は、多様なキャリアを経て最終的に造園の道を選び、建築家との創造的な連携を通じて、日本の庭園芸術に独自の足跡を残した人物である。彼の名前は、手がけた優れた庭園作品と共に、日本の近代造園史の中に静かに息づいている。

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