除斥

除斥（じょせき）

制度の意義と目的

「除斥（じょせき）」とは、特定の公的な職務に就く人物が、その職務遂行にあたって公正な判断を下すことが困難となるような特定の関係や状況にある場合に、法律の規定によりその職務執行から当然に排除される法制度を指します。この制度の最も重要な目的は、裁判や行政手続きなど、公正さが極めて重要とされる各種手続において、関係者の公平性に対する信頼を確保し、手続き自体の正当性を保証することにあります。排除の対象となる特定の事由は「除斥原因」と呼ばれます。

適用される範囲

除斥制度は、裁判における裁判官の除斥がその典型例としてよく知られています。しかし、この制度の適用は裁判官にとどまりません。公正な手続きが求められる様々な場面において、同様の趣旨で除斥の規定が設けられています。具体的には、裁判所書記官、公証人、登記官、執行官といった司法・登記関連の職務をはじめ、特許の審査を行う審査官や審判官、検察審査会の一員である検察審査員、さらには地方公共団体の議会の議長や議員に至るまで、幅広い公的職務において除斥に関する定めが存在します。

類似制度との比較

手続の公正を図るための制度としては、除斥のほかに「忌避（きひ）」や「回避（かいひ）」といったものがあります。忌避は、手続の当事者などが、特定の職務担当者に不公正な判断をする恐れがあるとして、その担当者を交代させるよう申し立てる制度です。回避は、職務担当者自身が、公正な職務執行が難しいと感じた場合に、自ら担当から外れる制度です。これらに対し、除斥は特定の法定された原因が存在すれば、関係者からの申し立てや担当者の意思表示を待つことなく、その職務から当然に排除される点で異なります。

また、「除斥期間（じょせききかん）」という法律用語も存在しますが、これは一定の期間が経過することで権利を消滅させる全く別の制度であり、本稿で述べる「除斥」とは意味が異なりますので注意が必要です。

具体的な除斥原因

除斥原因は、それぞれの職務や手続きの性質によって異なりますが、共通するのは職務担当者と手続の関係者との間に、公平な判断を妨げるような強い関係性や利害関係が存在する場合です。

裁判官の除斥

裁判官の場合、刑事訴訟法と民事訴訟法でそれぞれ除斥原因が詳細に定められています。

刑事訴訟における除斥原因: 裁判官自身が事件の被害者である場合、被告人または被害者と親族（四親等内の血族、三親等内の姻族、同居の親族など）であるか過去にその関係があった場合、被告人または被害者の法定代理人、後見人、保佐人、補助人などの立場にある場合、その事件について過去に証人や鑑定人となったことがある場合、被告人の代理人、弁護人、補佐人だった場合、検察官や司法警察員の職務を行った場合、あるいは、付審判請求の決定や略式命令、前審の裁判、差戻し後の原判決など、過去にその事件に関与した特定の裁判に関わった場合などがこれにあたります。
民事訴訟における除斥原因: 裁判官自身またはその配偶者（あるいは配偶者であった者）が事件の当事者であるか、当事者と共同権利者、共同義務者、償還義務者といった関係にある場合、当事者と四親等内の血族、三親等内の姻族、同居の親族であるか過去にその関係があった場合、当事者の後見人、保佐人、補助人などの立場にある場合、事件について証人または鑑定人となった場合、過去に当事者の代理人や補佐人であった場合、あるいは、その事件に関する仲裁判断に関与したり、不服申し立ての対象となった前審の裁判に関与したりした場合などが除斥原因とされます。

その他の職務における除斥

裁判官以外の職務においても、それぞれの職務の特性に応じた除斥原因が定められています。

裁判所書記官: 刑事訴訟法及び民事訴訟法において、原則として裁判官の除斥に関する規定が準用されます。
公証人: 公証事務の嘱託人やその代理人、利害関係人との間に、配偶者、四親等内の親族、同居の親族といった関係がある場合、法定代理人や後見人などの立場にある場合、あるいは、嘱託された事項について公証人自身が利害関係を有する場合や、過去に代理人や補佐人であった場合などが公証人の職務執行ができない事由とされています。
執行官: 執行事件の当事者（刑事事件や少年の保護事件においては被害者も含む）との間に、配偶者、四親等内の血族、三親等内の姻族、同居の親族といった関係がある場合、当事者の後見人、保佐人、補助人などの立場にある場合、あるいは、担当する執行事務について当事者の代理人である場合などが除斥事由となります。
審査官・審判官: 特許法などで定められており、事件の当事者や参加人（あるいは過去に当事者・参加人であった者）との間に、配偶者、四親等内の血族、三親等内の姻族、同居の親族といった関係がある場合、後見人、保佐人、補助人などの立場にある場合、事件について証人や鑑定人となった場合、過去に当事者・参加人の代理人であった場合、あるいは、事件について直接の利害関係を有する場合などが除斥原因となります。特に審判官の場合は、不服申し立ての対象となった査定に審査官として関与したことも除斥原因の一つです。
検察審査員: 被疑者や被害者（あるいは過去に被疑者・被害者であった者）との間に、親族（四親等内の血族、三親等内の姻族など）、法定代理人、後見人、保佐人、補助人、同居人、被用者といった関係がある場合、事件について自ら告発や請求を行った場合、証人や鑑定人となった場合、被疑者の代理人や弁護人となった場合、あるいは、検察官や司法警察職員として職務を行った場合などが除斥原因とされます。
地方議会議員: 地方自治法において、議会の議長及び議員は、議員自身またはその近親者（父母、祖父母、配偶者、子、孫、兄弟姉妹）の身分に関する事件、あるいは、これらの者や議員自身が従事する業務に直接の利害関係がある事件については、議事への参加（参与）が禁じられています。ただし、議会の同意を得られれば、会議に出席して意見を述べることが認められる例外規定があります。

これらの規定は、それぞれの職務における判断の公正性を最大限に確保するための仕組みとして機能しています。除斥制度は、特定の状況下で職務担当者が公平な立場を保てなくなる可能性を排除することで、手続全体の信頼性と透明性を高める上で不可欠な役割を果たしています。

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