陳嘉庚

陳嘉庚：波乱の生涯と愛国心

陳嘉庚（タン・カーキー、チェン・チアコン）は、1874年に中国福建省で生まれ、後にシンガポールへ移住した実業家、政治家、教育者です。彼は、東南アジアにおける華僑社会のリーダーとして、その生涯を通じて大きな影響を与えました。

生い立ちとゴム業での成功

1874年、福建省泉州府同安県で生まれた陳嘉庚は、幼少期を故郷で過ごしました。1891年、17歳でシンガポールに移住し、父の米問屋を手伝い始めます。当初は米の取引に携わっていましたが、1905年にパイナップル園を開墾した際、試験的にゴムの苗を植えたことがきっかけで、ゴム事業に参入しました。

1909年、パイナップル園を売却し、ゴム栽培に専念することを決意。数千エーカーの土地を購入し、本格的なゴム栽培を開始しました。1921年には、ゴム製品工場を設立し、タイヤ、レインコート、ゴム靴などを製造。その販路は東南アジアから中国、さらにはカナダまで広がりました。1920年代には、陳の事業は最盛期を迎え、ゴム園の面積は16,000エーカー、従業員は6,000人に達し、彼は「ゴム王」と呼ばれるようになりました。

辛亥革命と政治活動

陳嘉庚は、1910年に孫文の中国革命同盟会に参加し、政治活動にも関わるようになりました。1911年の辛亥革命では、シンガポール福建保安会の主席として、福建革命軍政府を支援。華僑社会における福建人の代表として、その名を知られるようになりました。しかし、孫文が日本に亡命し、英国政府の政治活動取締りが厳しくなると、陳は政治活動から教育事業へと重心を移していきます。

教育・慈善活動への情熱

陳嘉庚は、教育事業に強い情熱を持っていました。1906年以降、シンガポールで道南学校などの小・中学校や師範学校を設立。1912年には、故郷の福建省に集美学校を設立し、小学校から高等部までを備えた総合的な教育機関へと発展させました。1923年には、私財を投じて廈門大学を創設。これらの教育機関を通じて、多くの人材を育成しました。

彼はまた、慈善活動にも熱心で、1919年に同安教育会を設立し、教育振興を推進。社会福祉や教育のために多額の寄付を行いました。陳の教育への貢献は、今日でも高く評価されています。

ゴム業の衰退と祖国救援運動

1920年代後半から、世界恐慌の影響でゴム価格が暴落し、陳のゴム事業も大きな打撃を受けました。1933年には、陳嘉庚公司が破産。しかし、この苦境の中、陳は祖国救援運動に傾倒していきます。

1937年の日中戦争勃発後、陳は南洋華僑籌賑祖国難民総会（NCRGA）の主席に就任し、抗日運動を主導。資金や物資を中国国民政府に送り、祖国を支援しました。また、英領マラヤで日貨排斥などの排日運動を展開し、抗日活動を続けました。

国民政府との対立

陳嘉庚は、国民政府を支援する一方で、その腐敗や汚職に対して強い批判を持っていました。特に、福建省長の陳儀による不正行為を知り、蔣介石に陳儀の解任を求める文書を送付。また、NCRGAが派遣した奉仕団が国民政府官僚に酷使されたことから、派遣を中止しました。1940年には、重慶で国民政府の腐敗を目の当たりにし、失望。その後訪れた延安で共産党の規律に感銘を受けたとされています。

戦後と帰郷

太平洋戦争終結後、陳は国民政府に民主化・改革を要求しましたが、華人社会から警戒されるようになります。1949年、中華人民共和国が成立すると、陳は中国に帰郷。その後は、故郷である福建省・アモイの開発事業や教育・福利施設の運営に尽力しました。

死去と評価

1961年、北京で病没。遺産は集美学校基金、集美福利施設基金、中国華僑歴史博物館創設費に分割寄贈されました。文化大革命後、陳の業績は再評価され、「偉大な愛国者、著名な大実業家、熱心な教育事業家」として称えられています。しかし、一部の研究者は、陳の経歴が理想化されたものであり、必ずしも愛国主義者や共産主義の指導者ではなかったと指摘しています。

陳嘉庚の生涯は、波乱に満ちたものでしたが、その愛国心と教育への情熱は、今もなお多くの人々に感銘を与えています。彼の功績は、中国と東南アジアの歴史に深く刻まれています。

もう一度検索