雪中の狩人

ピーテル・ブリューゲルによる油彩画『雪中の狩人』（Jagers in de sneeuw, The Hunters in the Snow）は、ルネサンス後期のフランドル絵画を代表する名作の一つです。ウィーンの美術史美術館に収蔵されており、その精緻な描写と奥深い寓意性から、美術史研究においても重要な位置を占めています。

この作品は、1565年にアントウェルペンの裕福な銀行家にして美術収集家であったニコラース・ヨンゲリンクからの依頼によって制作されました。ブリューゲルは、一年を通じての季節の移ろいを描いた6枚の連作を構想しており、『雪中の狩人』はその中の冬を表す作品として位置づけられています。残念ながら、春を描いたとされる作品は現存していません。他の現存する作品には、『暗い日』（早春）、『干草の収穫』（夏）、『穀物の収穫』（秋）、『牛群の帰り』（晩秋）があります。

『雪中の狩人』は、雪に覆われた山間部の村落を背景に、三人の狩人が猟犬と共に歩く様子を描いています。前景には疲れて歩く狩人たち、その狩猟の成果はわずか一匹の狐のみという描写からは、獲物の少なさを暗示しています。中景には凍った池でスケートやカーリングを楽しむ村人たちが描かれ、活気ある村の情景が対比的に表現されています。遠景には雪を頂いた山々が連なり、遠近法を巧みに用いた構図は、奥行きと広がりを感じさせます。

画面上部には、カラスとカササギが描かれています。オランダの文化において、カササギは悪魔と結び付けられる不吉な鳥とされており、ブリューゲルは他の作品（『絞首台の上のカササギ』『ゴルゴタの丘への行進』など）でも、これらの鳥を不吉な出来事の暗示として用いています。『雪中の狩人』においても、これらの鳥は冬の厳しい自然、あるいは狩猟の不成功といった寓意的な意味合いを含んでいるのかもしれません。

美術史家のマーティン・ケンプは、『雪中の狩人』がクリスマスカードの人気モチーフであることに言及し、世俗的な題材としては最も人気のある作品の一つであると指摘しています。その人気の高さは、絵画が持つ穏やかで叙情的な雰囲気、そして冬の情景が人々に安らぎと郷愁を与えてくれることに起因するのでしょう。

さらに、『雪中の狩人』は、映画作品にもたびたび登場しています。アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』『鏡』、ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』、アラン・タネール監督の『白い町で』、アッバス・キアロスタミ監督の『24フレーム』など、様々な作品の中で、この絵画が持つ独特の雰囲気や象徴性が、映画の世界観を彩っています。

ピーテル・ブリューゲルの息子も同名の作品を描いており、東京富士美術館に所蔵されています。しかし、息子の作品は、父親の作品とは様式やサイズにおいて多くの違いが見られます。父親の作品は117×162cmという大画面に冬景色の細部まで丁寧に描き込まれていますが、息子の作品は25.5×32.5cmと小画面であり、遠景の雪山など、冬の情景を表すモチーフは簡略化され、形式的な描写にとどまっています。

『雪中の狩人』が描かれた特定の場所については、ジュネーヴ湖東端からの眺望とする説や、インスブルック近郊の村の景観とする説など、様々な説が提唱されていますが、いまだ結論は出ていません。絵画の持つ普遍的な魅力は、特定の場所を正確に描写することに依存するものではなく、むしろ、普遍的な冬の情景と人間の営みの描写を通して、見る者に深い感動と想像力を呼び起こす点にあると言えるでしょう。

森洋子による論文「ピーテル・ブリューゲルの≪牛群の帰り≫≪雪中の狩人≫にみられるフランドルの聖務日課書,時祷書,月暦版画の図像的伝統について」（『明治大学教養論集』第394巻、2005年）では、ブリューゲルの作品におけるフランドルの聖務日課書、時祷書、月暦版画といった図像的伝統の影響が詳細に分析されています。これらの文献を参照することで、『雪中の狩人』の背景にある文化的、宗教的な文脈をより深く理解することができます。

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