音韻規則

音韻規則とは

音韻規則（phonological rule）とは、言語における体系的な音韻論・形態音韻論の過程、または通時的な音変化を表現するための形式的な手段です。

一般的には生成音韻論において、人間の脳が口頭言語を生成・理解する際に、音に関してどのような操作や計算を行うかを捉える概念として用いられます。音韻規則の記述には、音声記号や弁別的素性、またはその両方が用いられます。

音韻規則の定義

ジョン・ゴールドスミスは、音韻規則を「2つの異なる音声表示レベル（抽象/基底レベルと表層レベル）間の写像」と定義しました。また、ブルース・ヘイズは「音声の環境による発音され方の違いを一般化したもの」と表現しています。

つまり、音韻規則とは、話者の脳に記憶された音声の抽象的な表示から、実際に話すときの発音に至るまでの過程を説明したものです。音声の基底表示（心に記憶された音素）を起点とし、最終的には表層形式（実際の発音）を生み出します。基底形式が複数の表層形式を持つ場合は、異音と称されます。

例えば、英語の複数形は「-s」と表記されますが、発音は[s]（例: cats）、[z]（例: cabs, peas）、[əz]（例: buses）のいずれかになります。これらの形式は、理論的には同じ「-s」として記憶されていますが、一連の音韻規則を経て様々な表層レベルの発音が生まれます。

音韻規則の例

アメリカ英語の多くの方言では、歯茎破裂音/t/・/d/がはじき音（[ɾ]）に変化するフラッピングという現象が見られます（例: butter ([ˈbʌɾɹ]), notable ([ˈnoʊɾəbl])）。この変化は、/t/・/d/が2つの母音の間にあり、前の母音が強く、後の母音が弱い場合に起こります。

音韻規則は、可能な限り一般的な形式で記述されるため、上記のフラッピングは次のように定式化されます。

音韻規則の書式と表記法

音韻規則は、「どの音が変化するか」「何の音に変化するか」「どこで変化が起きるか」を示します。フラッピングの例で言えば、「任意の歯茎破裂音（/t/・/d/）は、強勢のある母音の直後かつ非強勢の母音の直前に位置するとき、はじき音（[ɾ]）に変化する」と表現できます。

音韻規則の記述には、音声の音響的・調音的性質を示す弁別的素性が用いられることがあります。これにより、共通の性質を持つ音のグループ（自然類）をまとめて扱うことができます。例えば、/t/と/d/は「破裂音であり、舌を歯茎に接触させて発する音」という共通の性質を持ちます。一般的な素性記述体系では、/t/・/d/は[+delayed release, +anterior, -distributed]という素性で表されます。

音韻規則の特徴

ブルース・ヘイズは、すべての音韻規則に共通する特徴として以下を挙げています。

言語固有性: ある言語に存在する音韻規則が、別の言語には存在しないことがあります。
生産性: 新しい語にも音韻規則が適用されます。
自然会得的かつ無意識的: 話者は音韻規則を意識せずに適用し、教わらなくても自然に身につけます。
直感的: 音韻規則により、話者はどの語が適切かを直感的に判断できます。

音韻規則の類型

音韻規則は、以下の4つのタイプに大別されます。

1. 同化: ある音が隣接する音に似るように変化する（例: 英語の複数形「-s」の発音が、直前の音に応じて有声音または無声音になる）。
2. 異化: ある音が隣接する音との類似性を低くするように変化する（例: 外国語を話す際に、似た音を区別しやすくするために起こる）。
3. 挿入: 2つの音の間に別の音が加わる（例: 「bus」に複数形の「-z」をつける際に、発音しやすくするために[s]と[z]の間に[ə]が挿入される）。
4. 脱落: 音が発音されなくなる（例: アメリカ英語で「handbag」の[d]が発音されない）。

音韻規則の順序付け

音韻規則の適用順序によって、最終的な発音が異なる場合があります。そのため、適切な発音を得るためには、音韻規則に順序を与える必要があります。

順序付けの類型

フィーディング: ある規則の適用が、別の規則の適用機会を作る。
ブリーディング: ある規則の適用が、別の規則の適用を妨げる。
逆フィーディング: ある規則の適用が、別の規則の適用機会を失わせる。
逆ブリーディング: ある規則の適用が、別の規則の適用を妨げないようにする。

表記法の拡張

音変化の多様性を簡潔に説明するため、音韻規則の表記法には様々な拡張が用いられます。

下付き記号: 音素のタイプの出現回数を示す（例: Cxはx個以上の子音の出現を示す）。
語境界: 語の始まりと終わりを#で示す（例: #cat#）。
波括弧{ }: 2つの式の論理和を示す（例: A{B/E}Dは、Aの後にBまたはEがあり、その後にDがあることを示す）。
丸[括弧]: 丸括弧内の要素が省略可能であることを示す（例: A(B)Dは、BがAとDの間に入るか省略されるかを示す）。
* 山括弧< >: ある集合内の条件関係を示す（例: トルコ語の母音調和を示す複雑な例）。

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