香田清貞

香田清貞：二・二六事件に散った陸軍大尉の生涯

香田清貞（こうだ きよさだ、1903年9月4日 - 1936年7月12日）は、昭和前期に活躍した大日本帝国陸軍の軍人です。最終階級は陸軍大尉。彼は、二・二六事件において反乱軍を指揮した青年将校の一人として知られ、事件後、軍法会議で死刑判決を受け、処刑されました。

生い立ちと軍歴

香田清貞は、佐賀県小城郡三日月村（現在の小城市）久米に長男として生を受けました。父親は陸軍特務曹長を務め、退役後は株取引で財を成した人物で、香田には妹と弟がいました。佐賀県立小城中学校（現・佐賀県立小城高等学校）在学中に熊本陸軍幼年学校に入校し、その後、陸軍士官学校へと進みました。1925年、陸軍士官学校を第37期として卒業。同期には、二・二六事件で共に決起した村中孝次がいました。士官学校への進学は、父親の強い希望によるものでした。

少尉に任官後、歩兵第1連隊に配属。1934年には大尉に昇進し、中隊長となります。1930年には結婚し、1932年に長女、1933年に長男をもうけました。妻は、同じ連隊にいた栗原安秀の推薦によるもので、退役した獣医少佐の娘でした。結婚後、香田は政治活動への関心を深め、1933年に発覚した救国埼玉青年挺身隊事件では、栗原らと共に検察資料に名前が記載されるほどでした。香田の自宅は、革新運動に賛同する将校たちの集まる場所となり、憲兵の監視対象となりました。

中国赴任と帰国

大尉昇進後、香田は支那駐屯軍の中隊長として赴任しました。この際、妻子は香田の両親の元に預けられました。この赴任は、政治活動に関わる香田が東京にいることを危惧した上官の判断によるものだったと言われています。1935年6月に帰国し、12月には歩兵第1旅団副官に任命されました。帰国後は、吉祥寺に父が借りた家に妻子と共に暮らしました。磯部浅一の「行動記」によると、真崎甚三郎が陸軍教育総監を更迭されたことに香田は激しい憤りを感じ、連隊の週番司令（休日や夜間に連隊長代理としての権限を持つ）の際に決起を想定して武装を整えていたと記されています。磯部は、1935年の秋頃に香田から「来年三月頃迄には解決せねばならぬ」と言われたとも述べています。同年12月には真崎に同志の活動を伝え、賛同を得ました。また、村中孝次の妻によると、この時期に村中の自宅を訪問した際、「家族にひかれてなかなか起てない」と打ち明けていたそうです。

二・二六事件と最期

1936年2月26日、香田清貞は反乱軍の主力部隊を率いて陸軍大臣官邸を占拠しました（二・二六事件）。彼は陸軍上層部との交渉にあたりましたが、2月29日付で正七位を返上させられ、大礼記念章（昭和）、昭和六年乃至九年事変従軍記章を剥奪されました。事件鎮圧後、軍法会議にかけられ、6月4日の第23回公判では、反乱を「民主革命を企てた」とする検察側に対し、「これは我々の考えと違っております」と反論する様子が記録に残っています。最終的に7月5日、死刑判決が言い渡されました。

7月11日、香田は子供たちに宛てた遺書を書き、最後の面会の際に看守の目を盗んで家族に手渡しました。遺書には、決起の趣旨と事件での行動が記され、（決起部隊への原隊復帰を命じた）奉勅命令を直接受けていないこと、軍の幕僚や重臣が自分たちの「純真、純忠」を踏みにじる権謀術策で「逆賊」と認定したこと、軍法会議の公判が不公正であり、判決理由が矛盾していることなどが綴られていました。遺書の末尾には、「父ハ無限ノ怨ヲ以テ死セリ」「父ハ死シテモ国家ニ逆臣アル間ハ成仏セズ、君国ノタメ霊魂トシテ活動シテ之ヲ取リ除クベシ」と署名の前に記されていました。処刑前日には、妻に今後を案じる内容の短歌3首を遺詠として残しました。

7月12日、香田清貞は渋谷区宇田川町の陸軍衛戍刑務所内で銃殺刑に処されました。処刑の直前、彼は同時に処刑される栗原安秀、安藤輝三、竹島継夫、対馬勝雄に対して「天皇陛下の万歳を三唱しよう」と呼びかけ、これに応じて5人は万歳を唱えたと伝えられています。

事件後の家族

香田の妻は、事件発覚後から実父と義父の意見対立に巻き込まれました。香田の没後、子供たちを香田の実家に残したまま、自身は親元に戻りながらも、法律上は香田家の一員であり続けました。その後はいくつかの仕事を転々とし、晩年は義弟（香田の弟）一家と暮らし、1968年4月12日に癌で亡くなりました。

人物像

弟の証言によると、香田は結婚前、女性に非常に人気があり、月給85円の身でありながら親から100円を超える小遣いをもらっていたそうです。父親は「早く身を固めさせなきゃ、たまらない」と縁談を集めていたと言います。金遣いに関しては、結婚後も気に入った商品を月賦で購入することが癖になっていたそうです。

結婚後は両親のすぐ近くの借家に住んでいましたが、自身の中国赴任時には家族を両親に預け、帰国後は再び別居するという、家族関係に対する思慮の欠如が、二・二六事件後の妻の立場に影響したのではないかと澤地久枝は指摘しています。

香田清貞を演じた人物

丹波哲郎 - 映画『叛乱』（1954年、役名は「香田大尉」）
宮城幸生 - 映画『日本暗殺秘録』（1970年）
* 勝野洋 - 映画『226』（1989年）

香田清貞は、激動の時代に翻弄され、短い生涯を駆け抜けた軍人でした。彼の行動は、現代においても様々な議論を呼んでいます。

もう一度検索