馬融:名門の儒学者、栄光と影の生涯
後漢中期の
学者にして
政治家であった馬融(ばゆう、
79年~166年)。その生涯は、
後漢王朝の動乱期を反映するかのように、栄光と苦悩、そして賛否両論の評価が入り混じった波乱に満ちたものでした。
馬融は、名将馬援の血を引く名門・馬氏の一族に生まれました。祖父は馬援の次兄である馬余、父は将作大匠を務めた馬厳という、恵まれた環境で育ちました。若き日は、南山に隠棲し高い学名を持っていた京兆の摯恂に師事。儒学を深く研鑽し、摯恂の娘を妻に迎えました。
優れた才能を持つ馬融でしたが、華やかな官歴とは裏腹に、権力闘争に翻弄されることになります。108年、大将軍鄧騭に仕官を勧められるもこれを拒否。涼州へ身を隠しますが、困窮を極める生活を送ることになります。その後、鄧騭に再び招かれ、校書郎に任命。同郷の班昭に師事し『
漢書』を学びました。
しかし、太后鄧綏への上奏文が不興を買って免官、禁錮という憂き目に遭います。安帝の親政後、ようやく許されて官職に復帰しますが、河間王の家臣、郎中と、転々と職を移ります。北郷侯(少帝懿)の即位を機に官を辞し、故郷に戻って郡の功曹となります。その後、再び中央に戻り議郎に就任。
大将軍梁商、そして梁冀の下で、従事中郎や武都県令などを歴任しました。西羌の反乱鎮圧に志願するも却下され、梁冀専横の時代には『西第頌』を献上するなど、その政治姿勢をめぐって清流派からの批判を浴びます。特に、李固弾劾の上奏文を作成したことは、後に大きな禍根を残しました。
桓帝の治世には南郡太守となりましたが、梁冀の怒りを買い、免職の上、徙刑に処せられます。自殺を図るも失敗し、再び議郎に任命。東観で著述に励みましたが、病により職を辞し、88歳で生涯を終えます。
馬融は、
政治家としては権力者に接近する「濁流」の側に属し、清流派からは軽蔑の対象でした。一方で、
学者としての評価は非常に高く、その才能と博学は「世の通儒」と称賛されました。数千人の弟子を教えたとも伝えられ、その弟子の中には、
後漢を代表する儒
学者である
盧植や
鄭玄も含まれます。しかし、講義中に女性を侍らせるなど、儒者の規範に反する行動も取っていました。
馬融は多くの注釈書を残しました。その業績には、『三伝異同』『
孝経』『
論語』『
詩経』『
尚書』『三礼』『列女伝』『
老子』『
淮南子』『離騒』など、古典の注釈が数多く含まれており、後世の学問に多大な影響を与えました。
馬融の生涯は、
後漢王朝の政治的混乱の中で、その才能と立場の間で揺れ動きながら生きた一人の知識人のドラマでした。名門の出身、その博学、そして権力者への接近と、清流派からの批判。彼の複雑な生き様は、後世に様々な解釈を与え続けるでしょう。