駒牽

駒牽（こまひき）は、古代日本の宮中において毎年8月に行われた重要な儀式の一つです。この儀式は、東国に設けられた勅旨牧から貢進された馬を天皇の御前で披露し、その後、出席した公卿たちに一部を下賜するというものでした。

駒牽の背景

勅旨牧は、信濃、甲斐、武蔵、上野の四ヶ国に広がっており、それぞれの牧から馬が貢進されました。このため、儀式は牧ごとに分散して行われ、『延喜式』や『政事要略』によると、8月の初旬から8日間かけて儀式が執り行われたとされています。この分散開催は、貢進される馬の数や、各牧の状況に応じて調整されたと考えられます。

儀式の詳細

『江家次第』によれば、東宮や上皇、さらには摂関といった高位の人物は、たとえ儀式に参列していなくても馬の下賜を受けることが許されていました。特に、摂関への下賜は天禄3年（972年）に恒例化されたと考えられています。これにより、摂関家もまた、この儀式における重要な受益者であったことがわかります。

儀式の前日には、近衛府の将兵が貢進された馬を逢坂関で出迎える「駒迎（こまむかえ）」の儀式も行われました。これは、馬が無事に都に到着したことを確認し、儀式への準備を整えるための重要なステップでした。駒迎の儀式は、駒牽の儀式全体の円滑な進行を支える役割を果たしていたと考えられます。

駒牽の変遷

時代が下るにつれて、信濃国の一部（望月牧など）を除く勅旨牧からの馬の貢進は途絶えていきました。しかし、駒牽の儀式自体は、奥州から事前に購入したり、現地の有力者から貢進された馬で不足分を補いながら、応仁の乱の頃まで断続的に続けられました。これにより、駒牽は時代とともに形を変えながらも、長く宮中行事として存続したことがわかります。

その他の駒牽

なお、これとは別に、毎年5月5日の節会に先立って、騎射や競馬の儀式で使われる馬を親王や公卿、畿内周辺の諸国から献上された馬を天皇の御前で披露する別の駒牽の儀式も存在しました。この儀式は、5月の節会における重要なイベントの一つであり、天皇の権威を示すためのものであったと考えられます。この駒牽は、8月のそれとは異なり、儀式で使用する馬を献上する意味合いが強かったと推測されます。

このように、駒牽は複数存在し、それぞれ異なる目的と背景を持っていたことがわかります。

まとめ

駒牽は、単なる馬の献上儀式ではなく、朝廷の権威を示し、公卿たちの間で恩恵を分配する、政治的・社会的な意味合いも含む重要な宮中行事でした。時代とともに変化しながらも、長く続けられたこの儀式は、古代日本の歴史と文化を理解する上で、非常に重要な要素であると言えるでしょう。

参考文献
大日方克己『古代国家と年中行事』（吉川弘文館、1993年） ISBN 4642022708
中込律子「摂関家と馬」（初出:服藤早苗 編『王朝の権力と表象』（森話社、1998年） ISBN 4795290717 /所収:中込『平安時代の税財政構造と受領』（校倉書房、2013年） ISBN 9784751744604）

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