東国

東国：古代日本の辺境と変遷

「東国（あづまのくに）」は、近代以前の日本において、大和王権から見て東方の辺境地域を指した曖昧な地理概念です。この用語は、大和王権による周辺地域の支配拡大と深く関わっており、その範囲は時代とともに変化しました。

語源と初期の概念

「アヅマ」あるいは「アヅマノクニ」は、「サツマ」と対照的な言葉で、「ツマ」は「端」を意味し、大和王権にとって辺境、辺鄙な土地を指したと考えられています。上古から使われた大和言葉で、「アヅマノクニ」は特定の地域、あるいは東方の土地を意味したと解釈されます。

縄文時代から弥生時代にかけては、越後国、信濃国、三河国以東の東日本地域を広く指すことが多かったようです。飛鳥時代以降は、美濃国、信濃国、遠江国の東側から、蝦夷（エミシ）との境界までの地域を指すこともありました。漢字表記も「吾嬬」「吾妻」「我姫」「阿豆麻」など、初期には一定していませんでした。

天武天皇期以降の変化

天武天皇の時代（飛鳥時代）から、東海道の諸国を「アヅマ」「アヅマノクニ」と呼ぶようになりました。同時に、足柄峠・碓氷峠以東の地域は「坂東（ばんどう）」と呼ばれるようになり、奈良時代初頭までに定着しました。この頃の「関東」は三関（鈴鹿関、不破関、愛発関）以東を指し、現在の関東地方よりも広い範囲を含んでいました。奈良時代の防人は東国から徴集され、『万葉集』の東歌（あづまうた）や防人歌は、当時の東国を反映しています。

音読みの「東国（とうごく）」は、畿内から見て東の諸国を指し、西国（さいごく）と対義語となります。坂東と区別して、東北地方は蝦夷や陸奥と呼ばれていました。

東国の範囲に関する諸説

東国の範囲は明確に定義されておらず、時代や文脈によって異なりました。

鈴鹿関・不破関以東: 古代、畿内防衛のための関所である鈴鹿関と不破関より東の地域を指し、畿内の東部、概ね敦賀湾－伊勢湾構造線の東側に相当します。壬申の乱では、大海人皇子（後の天武天皇）が東国の兵力を得て勝利しました。
大山（日本アルプス）東側: 律令制において、防人を出す東国は遠江国・信濃国以東の13ヶ国に限定され、これは日本アルプスの東側（糸魚川静岡構造線の東側）とほぼ一致します。『倭の五王』の上表文や『旧唐書』日本伝にある「大山」は、日本アルプスを指し、その外側の蝦夷の居住地が東国と考えられます。鎌倉幕府も東国13ヶ国と陸奥・出羽両国を直接支配しました。
* 足柄峠・碓氷峠以東（坂東）: 現在の関東地方に相当する地域で、日本武尊の東国遠征の伝説と関連付けられます。『古事記』では足柄峠、『日本書紀』では碓氷峠が境界とされています。奈良時代には、足柄峠以東の東海道を「坂東」、碓氷峠以東の東山道を「山東」と呼び、後に「坂東」に統合されました。蝦夷遠征の後方基地としての役割を果たしました。

東国と渡来人の移住

飛鳥時代から平安時代にかけて、朝廷の政策により、朝鮮半島から多くの渡来人が東国に移住しました。六国史などの記録には、朝廷による東国への渡来人の移住管理の様子が記されています。具体的な例として、新羅、百済からの渡来人が、武蔵国、常陸国、下野国、美濃国などに移住し、土地や食料が支給されたことが記録に残されています。これらの記録は、東国への開発と人々の移動を理解する上で重要な手がかりとなります。

その他

現代では、東日本全体を指す場合もあります。古代から近世にかけては、畿内の東側にある国々（北陸道を除く）を指すこともありました。東北地方や北海道も、時代が下ると東国の概念に含まれることがありました。

まとめ

「東国」は、時代や文脈によってその範囲が大きく変動した曖昧な概念でした。しかし、大和王権の東方の辺境地域という共通の理解があり、その範囲の変遷を辿ることで、古代日本の政治・社会・文化の展開を理解する上で貴重な情報源となっています。また、渡来人の移住という側面からも、東国は古代日本の歴史において重要な役割を果たした地域であると言えます。

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