高瀬舟 (小説)

森鷗外『高瀬舟』

『高瀬舟』は、森鷗外が1916年（大正5年）に発表した短編小説です。この作品は、江戸時代の随筆集『翁草』に収録された「流人の話」を基にしており、罪人の心理と安楽死の問題をテーマに描かれています。

あらすじ

物語は、京都で弟を殺めた罪で遠島を命じられた喜助という男が、高瀬川を下る舟に乗せられる場面から始まります。喜助は30歳ほどで、同乗する親類もなく一人ですが、護送役の同心である羽田庄兵衛に対し、落ち着いた態度で接します。庄兵衛は、罪人であるにもかかわらず、喜助が晴れやかな顔をしていることを不審に思い、その理由を尋ねます。

喜助は、これまでの生活で仕事を見つけるのに苦労し、やっとのことで得た仕事も満足な収入を得られずにいました。しかし、牢屋を出る際に役所から支給された二百文の金銭を非常に有り難く感じていました。そのお金は遠島先での生活のために貯蓄しようと考えていました。

喜助の両親は彼が幼い頃に亡くなっており、弟と二人で助け合って生きてきました。しかし、弟が病に倒れてしまい、兄に負担をかけていることを申し訳なく思っていました。ある日、喜助が帰宅すると、弟は自ら剃刀で喉を突いて死のうとしていました。弟は喜助に剃刀を抜いてくれるように頼みます。医者を呼ぶべきだと考える喜助に対し、弟は「早く楽になりたい」と懇願します。ついに喜助は弟の頼みに応じて剃刀を抜いてしまいます。その直後、近所の老婆がその場を目撃し、喜助は役所に連行されたのでした。

喜助の話を聞いた庄兵衛は、果たして喜助が本当に罪を犯したのか疑問を抱きます。弟の苦しみを終わらせるために行動した喜助の行為は、殺人なのだろうか？庄兵衛は深く考え込みます。

作品のテーマと解釈

鷗外は自作解説「高瀬舟縁起」で、この作品のテーマは「知足（足るを知る）」と「安楽死」であると述べています。しかし、どちらが主要なテーマであるかについては議論が分かれています。また、作品の背景には、当時の社会情勢や鷗外の思想が反映されているという指摘もあります。

「知足」のテーマは、喜助が二百文というわずかな金銭でも満足し、遠島での生活に希望を見出している姿に表れています。一方、「安楽死」のテーマは、弟の苦しみを終わらせるために喜助が剃刀を抜いた行為を通して描かれています。これらのテーマは、人間の幸福や尊厳について深く考えさせるものです。

また、作品には、当時の社会に対する批判的な視点も含まれていると考えられています。例えば、喜助が仕事を見つけるのに苦労していたことや、病に苦しむ弟を救う手立てがなかったことは、当時の社会の矛盾を暗示していると言えるでしょう。

映像化・舞台化

『高瀬舟』は、映画やテレビドラマ、舞台など、様々な形で映像化・舞台化されています。

映画

1930年：日活製作、監督：仏生寺弥作
1988年：ケイ・アンド・エス製作、監督：工藤栄一

テレビドラマ

1960年：フジテレビ系『百万人の劇場』
1962年：日本テレビ系『文芸アワー』

舞台

2015年：CLIE製作『極上文學 第9弾「高瀬舟・山椒大夫」』

これらの作品は、それぞれ独自の解釈や演出で『高瀬舟』の世界を表現しています。

書誌情報

森林太郎『高瀬舟』春陽堂、1918年2月。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/959352

参考文献

須賀敦子 編『須賀敦子が選んだ日本の名作――60年代ミラノにて』河出書房新社、2020年12月。ISBN 978-4309417868。

関連情報

自殺幇助
日本における検閲

外部リンク

『高瀬舟』：新字新仮名 - 青空文庫
『高瀬舟』：旧字旧仮名 - 青空文庫
『高瀬舟』：旧字旧仮名 - 青空文庫（初出版）
『高瀬舟縁起』：新字新仮名 - 青空文庫
『高瀬舟縁起』：旧字旧仮名 - 青空文庫
極上文學
株式会社CLIE

もう一度検索