高田好胤

高田好胤（たかだ こういん、1924-1998）は、法相宗の僧侶であり、薬師寺の管主を務めた人物です。その生涯は、荒廃の危機に瀕していた薬師寺の復興に捧げられました。

大阪に生まれた高田好胤は、俗名を高田好一といいました。幼少期は比較的恵まれた環境で育ちましたが、11歳で父を亡くし、経済的に苦境に立たされます。母方の縁もあり、薬師寺の管主であった橋本凝胤に引き取られ、弟子として仏門に入りました。師である凝胤の教育は時に厳格でしたが、一方で温かい愛情も感じさせるものであったと言われています。旧制奈良県立郡山中学校を経て龍谷大学仏教学科で学び、卒業後、1949年に薬師寺の副住職に就任しました。当時の薬師寺は建物の老朽化が進み、荒れるに任せるような状況でした。

このような状況の中で、高田好胤は「仏法の種をまくことこそ自らの使命」と深く心に刻み、特に修学旅行で訪れる学生たちへの法話に情熱を注ぎました。18年もの長きにわたり続けられた、ユーモアを交えながらも心に響くその法話は「青空法話」と呼ばれ、多くの人々の心を捉えました。境内だけでなく東京の劇場などでも行われたこの法話は絶大な人気を博し、その聴衆は延べ600万人を超えたとも言われています。その巧みな話術は、後に人間国宝となる落語家・三代目桂米朝も深く傾倒し、自身の芸に取り入れたほどでした。

1967年に薬師寺管主に就任すると、高田好胤は荒れ果てた伽藍の本格的な復興を決意します。まず金堂の再建を目標に掲げ、次いで西塔、中門、回廊といった主要な建物を次々と再建していきました。特に西塔の再建は、当時世論から強い反対意見もあった中で、フランスの文化相も務めた小説家アンドレ・マルローの賛意を背景に実現しましたが、その是非については今日でも議論が分かれるところです。

伽藍再建には莫大な費用が必要でしたが、檀家組織を持たない薬師寺にとっては大きな課題でした。そこで高田好胤が考案したのが、全国の篤志家から一人千円の写経納経料を納めてもらう「写経勧進」という画期的な資金調達方法です。目標は写経百万巻、すなわち百万人からの協力を仰ぐことでした。この目標達成のため、高田好胤は自ら全国津々浦々を回り、800以上の市町村で8000回を超える講演を行いました。精力的な活動に加え、自身の書籍出版が好調であったことや、三越百貨店での月光菩薩展示なども追い風となり、写経勧進は順調に進みました。そして1976年、念願の百万巻が達成され、同年には金堂が再建されました。その後も写経勧進は続けられ、1997年には六百万巻に達するなど、現在も薬師寺の護持運営を支える大きな柱の一つとなっています。

伽藍再建の棟梁を務めたのは、「最後の宮大工」として知られる西岡常一でした。彼は「千年先を見据えた」という建築哲学に基づき伝統的な木造建築を志向しましたが、金堂の一部にコンクリートを使用するかどうかを巡っては、西岡と行政当局との間で激しい論争も繰り広げられました。

高田好胤は、薬師寺の復興活動だけでなく、太平洋戦争における戦没者慰霊にも熱心に取り組み、各地の戦跡で法要を営んで回りました。

1996年、法話中に脳梗塞の症状が現れ、次第に第一線から退きました。その後、胆石の悪化を併発し、1998年6月22日に胆嚢癌のため74歳で死去しました。その功績は広く認められ、母校である龍谷大学からは龍谷賞が贈られました。高田好胤の没後、計画されていた大講堂が2003年に落成し、薬師寺の伽藍復興は一つの区切りを迎えました。

巧みな話術で多くの人々を魅了した高田好胤は、まさに「話の面白いお坊さん」として、荒廃した古刹を見事に蘇らせた立役者として、その名を歴史に刻んでいます。

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