高見順日記

『高見順日記』は、日本の作家、高見順が1941年（昭和16年）1月から記し始めた、彼の最も重要な著作の一つです。この日記は、第二次世界大戦中から終戦を経て戦後にかけての激動期における、作家自身の内面、社会情勢、そして文学界の動向を克明に記録しており、歴史資料としても文学作品としても非常に高い価値を持っています。その重要性から、現代に至るまで絶えず重版され、多くの読者に読み継がれています。

日記のうち、特に終戦前後の記述は早くから単行本として刊行されました。高見順の生前である1959年には、1945年の記録をまとめた『敗戦日記』が文藝春秋新社から出版されています。また、その翌年の1946年の記録は『完本・高見順日記 昭和二十一年篇』として凡書房新社より刊行されました。これらの日記は後に文庫化もされ、文春文庫や中公文庫から『敗戦日記』が、文春文庫から『終戦日記』（これはおそらく1946年分）として提供され、広く普及しました。

戦後、高見順は再び精力的に日記を書き続けます。1960年から病のため絶筆となる1963年8月26日までの記録は、彼の没後、『高見順日記・わが文壇生活』と題され、文芸誌『世界』に1967年から1968年にかけて連載されました。これらの戦後日記は、作家の晩年の日々、病との闘い、そして文壇での出来事を記録しており、貴重な資料です。この戦後日記は、作家で親交の深かった中村真一郎の編集により、1990年から1991年にかけて岩波書店から「岩波書店同時代ライブラリー」として新版が刊行されました。病状に関する記述は『高見順 闘病日記』（上・下）に、文壇での交流や活動は『高見順文壇日記』（全1巻）にまとめられています。

高見順の生涯にわたる日記全体を網羅的に出版する試みも行われました。彼が亡くなる前年の1964年から1966年にかけて、勁草書房から『高見順日記』として1941年から1951年までの主要な期間が刊行されました。さらに1975年から1977年にはその続編が出版され、初期の日記断章や戦後分なども補完される形で、全17巻（正編と続編を合わせて）という大規模なシリーズとして完結しました。これは、作家の思索や経験の軌跡を網羅的にたどる上で欠かせない資料集です。

この日記は、学術的な研究対象としても重要視されています。例えば、著名な日本文学研究者であるドナルド・キーンは、戦時中の日本の文学者の日記を分析した著作『日本人の戦争 作家の日記を読む』の中で、高見順の日記を詳細に論じています。特に戦時下の日常や作家の精神状態を記録した部分は、当時の時代背景や文学者の位置づけを理解する上で貴重な一次資料として高く評価されています。

このように、『高見順日記』は、戦中・戦後日本の社会と文学の変遷を映し出す鏡として、また一人の作家の誠実な自己記録として、多岐にわたる価値を持つ重要な文献であり続けています。現代も様々な形での出版が続くことは、この日記の enduring な魅力と重要性を物語っています。

もう一度検索