鬼界ヶ島 (奈良市)

謎に包まれた奈良の史跡「鬼界ヶ島」

奈良市高畑町付近に、かつて「鬼界ヶ島」という地名・名勝が存在していました。近世から明治時代にかけて作成された地誌や名所案内には広く記載がありますが、現在ではその存在を確認することができず、正確な位置も分かっていません。その不可解さから、多くの謎と歴史的要素が絡み合う、魅力的な史跡となっています。

鬼界ヶ島という名称の由来

薩摩国の鬼界ヶ島は、俊寛の流刑地として知られており、奈良の鬼界ヶ島についても、この俊寛伝説との関連性が指摘されています。しかし、伝説と地名のどちらが先に生まれたのかは、はっきりしていません。近隣に吉備塚が存在したことから、「吉備垣外」という地名が転訛して「鬼界」になったという説もあります。

諸説紛々、鬼界ヶ島の所在

近世の奈良絵図には、鬼界ヶ島が鏡神社の南、吉備塚の東に堂宇の形で描かれているものが多く見られます。一方で、文献記録では、その所在は様々で、閼伽井町の南辺、紀寺町の東辺、幸町の南、新薬師寺の下など、複数の場所が示されています。これらの記録から、現在の奈良教育大学とその周辺地域にあったと推測されています。最も新しい記録としては、『奈良町風土記』で、古老の証言として奈良教育大学構内に鬼界ヶ島があったとの記述が見られます。同書では、高畑町字本薬師を鬼界ヶ島のあった場所としています。

本薬師と鬼界ヶ島

鬼界ヶ島には、「本薬師」と号する薬師堂があったと複数の文献に記されています。『南都年中行事』によると、源頼朝が勧修坊周防得業聖弘に与えたとされる立像の唐仏薬師如来がここに安置され、「本薬師」と呼ばれていたとされています。また、『奈良坊目拙解』には、行基が建立した香久山薬師寺が和銅年間にこの地に移され「本薬師寺」と称し、後に廃寺となった後、薬師像と十二神将を安置した草堂が一宇残ったという古老の伝承が記されています。高畑町字本薬師が鬼界ヶ島の候補地の一つとして挙げられていますが、字名と「本薬師」の関連性は明確ではありません。

この本薬師は後に興福寺勧修坊の末寺となり、寛永年間には堂宇が廃れ、薬師如来像は勧修坊に移されました。その後、奥芝町の奥芝辻薬師堂に安置され、さらに奥芝辻薬師堂が廃れた後には菖蒲池町の称名寺に移されたと『平城坊目遺考』に記されています。現在、称名寺には鎌倉時代の作と推定される木造薬師如来立像が伝わり、重要文化財として奈良国立博物館に寄託されていますが、この薬師如来像と記録に残る「本薬師」の薬師如来像との関係は不明です。

俊寛伝説と鬼界ヶ島

薩摩国の鬼界ヶ島に流刑された俊寛が、従者有王丸の助けを借りて脱出し、奈良の鬼界ヶ島に潜伏したという伝説が複数の文献に残されています。もちろん、これは事実ではありません。本薬師の薬師如来像が奥芝辻薬師堂に移された際、薬師如来像と共に石造の俊寛僧都真像も移されたという記録もあります。

この伝説について、『平城坊目考』などでは、鬼界ヶ島本薬師が興福寺勧修坊の支配下にあったことから、「勧修」の音が「俊寛」と誤認されたのではないかと推測しています。俊寛像についても、実際は俊寛ではなく勧修坊の僧侶の像である可能性が指摘されています。また、『奈良坊目拙解』では、元弘年間に文観僧正が薩摩国鬼界ヶ島に流罪となり、後醍醐天皇の天下統一後に京に戻り、後に奈良に住んだという事実に基づき、俊寛と文観が取り違えられたのではないかという説も提示されています。

鬼界ヶ島の謎

このように、鬼界ヶ島は、その所在、名称の由来、そして関連する伝説など、多くの謎に包まれた史跡です。様々な文献記録や伝承を総合的に検討することで、その実像に少しでも近づけることができるかもしれません。今後の研究によって、新たな事実が明らかになることを期待したいところです。

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